『壁ドン』・1
――この
基本的に、お互いの世界を知ることは出来ても干渉することは出来ない、とされている。本やテレビのように次元を跨いだ存在だ。
だが神霊や魔族たちは、『爵位』と呼ばれる特殊な権限と制限を以てすれば、人間界に具現化することが出来るという。
その際、多くの場合は姿や能力は私たち人間の基盤に合わせたものに格落ちする。
彼等は人間界の社会に貢献し、より高位な『爵位』を手にすれば、自分が元いた世界での存在に近づける、とのこと。
えー。
で、いわゆるジークのような『魔族』は、人間界の亜人たちよりも更に細分化された異形と異能を持ち、言葉巧みに人間を誘惑し堕落させ、そうやって得た知識や技術を自分たちの文明の発展の糧にしてしまうということで、近年まで畏怖の対象だった。
中には神霊と同じように人間と契約し、魔術を授ける親切な魔族も居るらしい。
本当はもっと、それぞれの起源とかも複雑なんだけど。こんがらがらないように、今はこのくらいにしておこうかな。
……とりあえず、魔法学校の生徒として知っているのはそんなところ。
「神霊どもは高度な自律機械、俺たちが人造人間ってところだ。爵位は
ジークさん、分かりやすい補足をありがとう。最近の学者は彼らのことを『隣次元的魔導存在』なんて呼んだりもする。長いっての。
「それにしても見た目、こっち側に寄せすぎじゃない?普通にエルフだと思ったよ」
「いや、これは俺独自の変身能力だ。魔力の消費量を抑える為に、ヒトに近い姿にしている」
だそうです。
そうか、大公……って、侯爵とか子爵?の上?だもんね。それくらいになるときっと、魔界の姿とほぼ変わらない見た目なんだろうか。
私も召喚術の魔導書で読んだ程度だけど、魔族のイラストはどれもこう、人間界で生活するのには、骨が折れそうな姿のものが多かった気がする。私も流石に、魔物みたいな亜人が常に隣に並んでいる日常は想像しづらい。
うん。隣りね……。
「あのさ」
「なんだ」
「近いんだよなあ……」
あの“脳みそ魔物事件”から数日が経った。
私はやっと学校生活に戻れるようになっていたところ。事件のあらましを聞いた黒魔術科の先生は、私の特異体質を知っていた為、追加された呪まじないの調整期間と私の謹慎期間を被せてくれた。
逆に、私の体質を知っていたのに学校側からなにもフォローができなくて申し訳なかったと、謝罪されてしまった(でも特別扱いだとほかの生徒に示しがつかないから、一応処分は下すってことだった)。
先生たちの口添えがあったのか、登校した途端ほかの生徒に質問攻めにされる――なんてことも無かった。のに。
「ジークって、ここの生徒じゃないんでしょ?」
「フリをしているだけだな」
「よくバレないね」
「授業には顔を出していないしな。こうして休み時間や放課後の人気ひとけに紛れていれば、案外目立たないものさ。いざとなれば洗脳すればいいしな」
おまわりさん、この人なんです。ジークのすっかり元通りになった腕を掲げて、警備員さんにつき出してやりたかったが、そうもいかないのである。
何しろジークは、この前みたいなことがあるといけないからと、今みたいに暇を見つけては私に張り付いているし、実際私も、今まで何とかなってきただけで今後もああいう事があるのだとすれば、護衛が欲しいとは思っていた。
何より――まだなにも、彼にお礼をしていない。
邪険にする理由も見当たらなくて――結果として、彼と過ごすことを許している。私は、ひとりが、好きなのに。
周りを気にしながら中庭のベンチに腰掛け、サンドウィッチを口に運ぶ。
私たちが生死を賭けて逃げ回った校舎は、そんな片鱗さえ見えないほどきっちり修繕されていて、むしろ以前より綺麗になったくらい。あの時とは打って変わって、気持ち悪い魔物の一匹もいない。
あるのはただ、午前の授業を終えた生徒たちの笑い声と、真上から降り注ぐ陽光、それと少しの都会の風だ。
何事もなかったかのような光景を見ると、頑張った甲斐があったのかな、なんて少しは思ってしまう。あ、まあ、実際頑張ったのはジークか。私、逃げ回ってただけだ。
当のジークはというと、私の隣りでじっと辺りを観察していた。
「なに見てるの」
「ふむ……。こっちの学校も、あまり変わらんな、と」
「ふーん……。そういや、ジークってちゃっかり制服まで着てるけど、いつから居るの?」
私が摘まみ上げたこの黒い制服が、このヘルメス魔法学校の生徒のシンボルだ。
といっても、決まった形がある訳じゃない。黒いローブ、ないし正装に準ずる格好なら割と何でも許されている。
ジークのは、金糸で編まれた肩章や細かい縫製、光沢感のある柔らかい生地と、なんか妙に仕立てのいい軍服っぽいやつ。私は、いつもバルーンスリーブのブラウスに黒いジャンパースカートだ。
こんな目立つ雰囲気の生徒が居たらちょっとした話題にもなってそうだけど、何故か今までジークの噂ひとつ聞いたことないし。何かそういう、隠匿の技術みたいなのがあるんだろうか。
「ここに潜入しはじめたのは、お前と会う数日前からだ。ある魔法を探していてな。この学園にあると踏んで調査をしていたら、アンリミテッドの気配に気がついた。捕らえて生きたまま食ってやろうと思ったら――あれだ」
後半の供述があの魔物と同レベルなんですが……。
「その探してる魔法は見つかったの?」
「いや全く。恐らくいま見つけても、この魔力量では使うことすらままならない。お前から供給された分は、治療に使ってしまったしな」
なるほど。つまり私の傍であわよくば魔力を回復しながらその魔法とやらを探し、ついでに私を守ると、そういう感じね。
「そっか……」
じゃ、こっちもあんまり気負わなくてもいいのかな。
「……」
「……」
納得したので頷いてなにも言わずにもくもく口を動かしていただけなのに、なぜかジークが焦ったように腕組みをした。
かと思うと、今度はドヤ顔で人差し指を立てて、閃きのポーズ。あっ、ウザイ。
「……違うぞ。今はお前が最優先だ」
周囲の何人かが、こっちを二度見した気がした。
「……なにが違うのかわからないし、公衆の面前でそういう誤解を招く発言はやめてくれないかなあ……」
「誤解されたい!!」
えっ。うるさいこの人……。
私が一瞬無口になっただけで何を勘違いしたんだろうか。どうしてそんなに自分を中心に世界が回っているんだろうか。考えたくないのは午後の実習だけで十分です。
食堂で買ってきたココアを飲んでいると、見慣れた人物がこちらに手を振ってやってくるのがわかった。
「ザラー!いたいた。まーた一人で消えるんだから」
「ここに居ると思ったんだ」
「ビビアン、フェイスくん」
猫耳と金のツインテールを跳ねさせている背の高い派手系ギャル獣人――ビビアンと、左半身に義肢を装着したヒューマーの少年、フェイスくん。私が学校で特に仲の良い友人二人だった。
ビビアンは魔物学科の問題児、フェイスくんは基本、十五歳以下では入学できないと言われるこの学校に弱冠十歳で入学してきた占星術科の天才児だ。
二人共授業では接点がないけど、去年の合同実習以来、よく話したり、一緒に遊びに行く仲だ。
「声かけてって言ってんじゃんよー。あたしとフェイスじゃ魔物の話ばっかなんだって」
「ごめんごめん」
ちょっとこの悪魔大公(笑)を連れてあなたたちを捜しに行くのは、憚られたのです。
とは言えないので、横目でジークに八つ当たりの視線を送る。目が合う。ジークがドヤ顔。
「ビビアンは最近、僕の占いも聞きたがるけどね」
「ちょっ……やめろっつーの!」
「そうなんだ?」
「うん。先輩がどうのって。やだよね、友達の女の顔って見たくない」
「ビビアンもそういうとこあるんだねぇ」
「ザラも占う?」
「その内、お母さんの健康でも見てもらおうかな」
二人と話していると、日常の実感が湧いてくる。これが、私の得難いものだと、思い出せる。
「……おい」
楽しい談笑のさなか、ふいに脇腹あたりを小突かれた。
「……友人か」
ジークが私に身を寄せて、声を潜める。
ああうん友達、と言おうとしたその瞬間、耳打ちしてきた筈のジークの姿が視界から消えた。
「誰だテメエ!!」
彼が座っていた筈のベンチから落ちていた。全身から煙を噴出しながら。
何かを食らったであろう方向を見ると、そこには既に拳を引いたビビアンが息を荒くして二擊目を構えていた。
「ちょっ……ビビアーーーーーン!!!!??」
「てんめーこのコに何の用だオラァーン!!!?ナンパなら殺すぞ!!」
腹部を押さえながらヨロヨロと立ち上がるジークに向かって、鬼神のごとき剣幕で威嚇するビビアン。
大体の生命は今のあなたの顔だけで死ぬと思うから。もうやめて、あなたの女子力はゼロよ!!
「ビビアン、落ち着いて」
私はジークの介抱に向かうと、フェイスくんがビビアンの服の裾を引っ張った。
「フェイスくんちょっと、その女抑えてて!」
「ビビアン、ステーイ。ほら、ステイだよ。ヒッヒッフー」
「ヒ、ヒヒヒ……!フーッ……フーッ……」
フーじゃないよアンタ……。女子が血管浮き上がらせていいもんじゃないよアンタ……。
「なにそんな興奮してるのビビアン……!一応初対面だからこの人、ね?」
「グルルル……あたしの目がある内はザラは嫁には出さねえからな……!!」
「私を不幸にしたいのか!?」
フェイスくんが手で制し、途中でアヤしい呪文を唱えながら猛獣と化したビビアンをゆっくりと落ち着かせていく。
説明しよう。ビビアンは自身が派手な女の子として色々体験しているので、女友達が連れている男子は例外なく警戒するのだ。そして過保護だ。ジーク、悪役ヅラだしね。
「ごめんジーク……友達が……」
「いや……」
虚ろな目でジークが応えた。
あ、ダメだ。初対面の女の子にストレート食らって立派に心も傷ついてる。
「でもほんとに誰、その人」
「あ、えーとこの人は……なんて説明すればいいのやら……」
私が思い悩むこともなく、ジークは進んで彼女たちに歩み寄っていった。
「ジークウェザー・ハーゲンティだ。宜しく」
「僕は、フェイス・アルコノギア。占星術科二年。こっちのギャルは魔物学科の二年で、ビビアン・エンゲルハート。ザラの友達」
さすがに正体は言わなかったけど、きちんと本名を名乗っていた。
フェイスくんが差し伸べられたジークの手を握り返す。よかった、フェイスくんまで暴れださなくて。
「フェイスは、他の生徒より随分と年若いな」
「まあね」
「このガッコでフェイスのこと知らないとか珍しーね。オタク?」
いやなにその偏見。
「だってそーじゃね?フェイスとか、天才中の天才じゃん。有名人っしょ」
「別に。僕くらいの人ならいくらでも居るよ」
「言ゆ~よねえ~。あたしなんて筆記ギリギリで入ったっつーのに」
「ここの筆記なんてあってないようなものじゃない。ビビアン、原始人かなにか?」
「お前そのオレンジジュース奢ってやったろーが!」
いつものように適当に喋りながら、二人がベンチの前に腰を下ろして、各々の昼食にかじりつく。
私はビビアンと、フェイスくんはジークと。あっちはなんだか男の子どうしで意気投合したみたいで、妙に高度な話題で盛り上がっていた。
「今日、そっち実技試験だったんだって?」
「そーなんだけどさ。あいっかわらずキョウさんの一人勝ち」
「あの人強いんだってねえ」
「そんだけで入ったよーな人だもん。女子全員ナンパしながら、しかもあの剣で討伐数一位って、ありえなくない?マジキモイ。アレは変態」
「こ、懲りないなあの人……」
「ま、さすがにヘンリーとは決着ついてないらしーよ」
「へえ。封印科の人って会うだけでも大変だしね」
「あ。ソレで思い出した。封印科の友達がさ、今潜ってるダンジョンがけっこーいい金属がガバガバ取れるから、安く購買部に回せるかもだって」
「ほんと!?やった、いま作ってるヤツ、金具どうしようかなって思ってて」
ビビアンと話しながらも、これだけ距離が近いと、息継ぎをした瞬間にふと“向こう”側の会話が耳に舞い込んでくる。
「……ところでジークは、ザラとはどんな関係?」
「……俺は、強いて言うなら……そうだな」
ふむ、とジークが顎に指を添えた。
嫌な予感しかしない。血の気が引いていく。私とビビアンは口を動かすことを止め、男子二人の会話に集中した。
「ザラの未来の伴侶だ!!」
「テメエやっぱり殺ーーーーーーーす!!!」
その間一秒未満、ジークのドヤ顔にビビアンのドロップキックが命中した。
「いや学習しろや二人共!!!」
激昂した友人と、顔面がめり込んだナゾの魔族。私の叫びは、果たしてこの二人に届いたのでしょうか?
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