夕日がまぶしい。いつの間にか晴れていた。

まっすぐに伸びる海岸線に、あおく膨らむ太平洋が遠くへ続くのがみえた。

いい景色だ、と目を細めた。

「いい景色ね」と彼女は笑った。

色々なことがあった気がした。くだらないことに頭を悩ませたりした。そんな一切がすべて遠くに過ぎ去って、どうでもよくなる絶景だった。

駐車場に停めたところで、「今日はここで寝ましょうよ」と彼女の声がした。波が返答する。浜まで歩くことにした。


さらさらとした砂に足を乗せ、踏み込んでいく。いつも1歩目は用心してしまう。沈み込んでしまわないかと考えすぎるのだ。2歩目3歩目と踏みしめると、要領がつかめてきて、目線も上げられた。同時に冷たい風が前髪をさらって、爽やかな気持ちになる。

橙のまぶしい波が大きなゼリー状の生き物のように揺れる。飲み込まれたサーファーたちがブイのように顔を出して浮き、白い歯をみせ談笑し合っている。あそこでおぼれる人はいないだろう。平和な海。なぜだかそう思った。

僕は適当な流木を探して腰をおろし、持ってきた魔の山を開いた。冷風が首元に入らないよう襟を立て、本の隙間に入り込んだ砂を手で払いながら、ページを読み進める。ときどき、波音に混じって小さな生き物たちの声がした。

日が沈むと本を閉じて、うす暗くなったシルエットたちをぼんやりと眺めた。

「いつまで入っているのかしらね」

「さあな」

「寒くはないのかしら」

彼女は笑いながらそう言って、両手で自分の体をさすりつつ、立ち上がる。

「先に戻っておくね」

うん、と前を向いたまま返事をすると、また静かになった。

左方遠くで、ひとりの男がサーフボードを右手に海へ向かって立ち尽くしていた。

彼は一体何を見ているのだろう。

そう思うと、何故だがその背中から目が離せない。遠く異国の地を思い浮かべているのか。はたまた、眼前の海と対話しているのか。いや、僕みたいに何か妄想している可能性もあるかもしれない。

彼は一体何を見ているのだろう。

長いやきそば麺のような茶髪、こんがり焼けたコッペパンのような横顔、海苔のように黒いウエットスーツ、そこへ鳥のささみのような肉付きを湛えている。

グウと恥ずかしい音がなった。

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