3
☆
コーヒーの缶で暖を取りながら、スマホのチャットアプリに届いた通知を見た。何もきていない。自宅に残してきた彼女からはもちろんなく、誰からも連絡は入っていなかった。
深呼吸をして吐く。首を振り、こうやって焦っている自分を誰かに見られてはいないか周囲を見る。僕の座るベンチの前の自販機を、何人かが品定めしながら買い物を済ませて、たばこを吸ったり、道の駅の店内に入って行ったりしている。
「大丈夫よ。だれも見てなんかいない」
目をしばたかせ、空を見上げる。
そうだな、と心の中で返事をする。
「私のことも、あなたのことも…」
何故だか涙が出そうになる。
「大丈夫よ、大丈夫よ」
うん、と僕は言った。
これは少し奇妙なことだが、僕は自分の心の中に現れる”彼女の幻想”とこうして、自然に会話してしまう。旅に出てからはずっとそうだった。
旅のきっかけは、リストラで職を無くして、同棲している彼女に妊娠が分かったときだった。僕は無責任にも、一切の現実から離れてしまいたくなった。
悪い癖だ。
なにか嫌なことがあるとすぐに妄想の方、つまり、現実ではない方へ逃げようとする。仕事の人間関係でストレスが溜まるたびに、映画を観たり、漫画を読んだり、小説を読んだり、ネットの人たちとゲームをして、僕は現実から逃げた。彼女に対してはろくに話もせず、性欲を吐き出すだけの毎日で、実際、それが僕の精一杯だった。勝手な男だ。
精神科でうつ病を診断されても、まだ信じられなくて、妄想の世界に(つまり、ここではないどこかに)行っては、なんとか自分を正常に保とうとしていた。正常だと信じていた。
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