第三号被保険者廃止

 第三号被保険者が段階的に廃止される、というニュースを見た。

 もし、第三号被保険者がなかったら、わたしは結婚していないし、子どもも生んでいない。少子化を加速させたいのかな? と思った。

 わたしはそもそもずっとフルタイムで働きたかったのだけど、ともかく妊娠が重くて、恐らくフルタイムで働き続けていたら、わたしか子どものどちらかが死んでいたんじゃないかな? と思う。最近、「子どもは出来たら無事に生まれてくるもの」という幻想がはびこっているけれど、実際は何があるか分からないことだから、教科書通りには進まない、というのがわたしの考えです。


 社会にある様々な制度は、教科書通りの妊娠出産に則したものであり、また、教科書通りに子どもが成長して行くことを前提としたものだ。

 でも、妊娠も出産も、そして子育ても、教科書通りには行かないんだよ、と思う。子育て、というのは子どもが自立するまでを指す。決して三歳までのことじゃない。小学校以降も様々なことがある。それは時として、親の生活まで関わるような、出来事だ。例えば、不登校とかいじめとか。

 そういう出来事が起こった場合、わたしはやはり親以外、誰がその子をたすけてあげられるのだろう? と思うのです。


 学校に行きたがらない子を支え、勉強を教え様々なことを一緒に考え、そうして懸命に生きてきた。

 でも、これ、第三号被保険者の制度があったから出来たこと。

 在宅の仕事をしぎりぎりのラインで働き、そして子どもを育ててきた。


 どうして第三号被保険者を廃止するんだろう? と言ったら、弟は「人手が足りないんだよ。出来るだけ働いて欲しいんだ。でないと、インフラが維持出来ない」と言った。

 なるほど、と思う。

 思わず納得してしまった。


 だけど、わたしはもし第三号被保険者がなくなったら、少子化は加速するし結婚する人自体も減ると思う。

 女性が「生む性」である限り、現状の制度では負担が女性に偏り過ぎている。「子どもが不登校になったから、仕事を辞めた」というのはだいたい女性だ。テレビのニュースを見る限り、男性がそのインタビューに答えているのを見たことがない。「仕事と育児の両立が出来なくて、仕事を辞めた」という内容に出てくるのも、女性だ。男性が出てくるのを見たことがない。それは、妊娠出産をするのが女性であることに深く関わっていると思う。


 この間、「わたしも仕事をしているのに」と言ったら父親に鼻で馬鹿にされた。

 大変悲しかった。

 まあ、どうでもいいことだけど。

 今さら傷つく自分が悔しい。


 この日本で、子育てをして幸せな気持ちになれるのだろうか。

 子どもがかわいいことと、子どもを心から愛していることと、それは別のベクトルに向かう思想だ。




 時々、思う。

 緩やかに、「日本」は消滅していけばいい。

 

 子育てをリスペクト出来ない国はなくなってしまえばいい。

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