溺愛の物語をわたしが読むわけ
わたしには「親の無償の愛」が分からない。
親から愛されていなかったわけじゃない、と思う。
だけど、それは条件付きの愛情であって、無条件の愛情ではなかった。少なくとも、わたしはそう感じていた。「いい子」でいないと、そこにいてはいけなかった。「いい子」というより、「親の望む娘」だが。
『ノルウェイの森』の中で、親にあまり愛されなかったのかと問われた緑が言う。
「『十分じゃない』と『全然足りない』の中間くらいね。いつも飢えていたの、私。一度でいいから愛情をたっぷりと受けてみたかったの。もういい、おなかいっぱい、ごちそうさまっていうくらい。一度でいいのよ、たった一度で。でもあの人たちはただの一度も私にそういうのを与えてくれなかったわ」(『ノルウェイの森』上 村上春樹/講談社文庫)
この部分を繰り返し読んだ。
そう、そういうことなのだ。
緑がその後「私のことを百パーセント愛してくれる人を自分でみつけて手に入れてやる」と思ったと言う。
わたしも、若い日そう思ったのだ。
親に十分に愛されなくとも、自分を愛してくれる人を見つければいいと。
ゆえに恋愛脳で二十代を過ごす。
恋愛をしているときは、親に満たされなかったことを忘れていられた。
でも、百パーセントの愛ってないんだよね。
わたしは夫に愛されていると思う。
実の親よりは愛してもらっているのかもしれない、と思ったりもする。
でも、わたしは満たされていない。
わたしはきっと、満たされることはないのだ、と思う。
だから一人になりたい。
一人の方が却って諦めもつくから。
ケーキ屋さんを辞めたとき、夫にいろいろ手伝ってもらった。でも、わたしが辞める理由について、ケーキ屋さんが原因ではなく、もともとわたしの精神が不安定だったのだ、というような発言をしたらしい。
また、夫の実家に行ったときにも似たようなことがあった。詳細は省くが、要するに、彼は自分が悪者になるのを恐れるのだ。非常に人当たりがよく、外面がよい。その際、わたしに不利益があっても、周りとの関係をよく保とうとする。だから、彼はとても周りとうまくやっている(ように見える)。
彼はわたしの名誉を守ってはくれない。
わたしの名誉より、外聞とか周りとの関係性の方が大事であるように見える。
そのことで、わたしはとても深く傷ついているし、そして決して忘れられない。赦してはいない。
実は、わたしの父親がそういうタイプの人間だった。
母親はタイプは違うけれど、父も母も、何かからわたしを守ってくれることはなかった。それよりも、彼らが大事だったのは世間体だったのだ。わたしはいつも、世間体とか「ふつう」という概念と戦っていた。
世の中には本当に「無償の愛」というものがあるのだろうか。
わたしは知らない。分からない。
夫はわたしのことが好きだと言う。
好きだというのは本当だろうけれど、わたしはそれでは満たされない。
だって、わたしのことが一番ではないのだから。
時に、わたしよりも世間体とか外聞とかの方が大事にされる。重要な局面で。
「好きだ」という言葉を免罪符にして、わたしを働かせようとしていると感じてしまうこともある。そんなことはないのかもしれないけれど、そう感じてしまうのだ。なぜなら、わたしの方が忙しいから。
「出来ない」が言えない。
極限まで我慢してしまう。
そうして、出来てしまえば、それは「出来る」箱に入る。
そのようにして「限界」のラインはどんどん広げられていった。
溺愛の物語では、ヒロインは本当に愛される。
いいなあと思う。
何よりも一番たいせつにされる。
いいなあ、こんなふうに思ってもらえたら満たされるのに、と思う。
ゆえに、溺愛の物語をつい読みたくなる。
現実にはあり得ないから。
わたしには、親の愛情も架空の出来事。
物語の中でだけ、そういう満たされる愛情を味わう。
夫が本当にひどい人でないことは分かっている。
だけど、わたしの望むものはくれなかった。
親に対する思いを諦めることが出来たのだから、夫に対する願いも諦めることが出来る。大事な話をしようとしても、口をつぐまれてしまうから。
だから、もういいのだ。
役割として在ることだけで。
「無償の愛」も「百パーセントの愛」もないんだね。
物語の中にしかない。
そんなわけで、わたしは溺愛の物語が好きだし、同時に早く一人で暮らしたいなあと願っている。
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