おいしいものに飢えていた
わたしは中学生くらいから、おいしいものに飢えていた。
たぶん、それくらいの年齢から、女子はお菓子作りに目覚めるものである。
しかしわたしの場合、それ以前の問題として、「おいしいごはんを食べたい!」という欲求があった。祖母が一緒に料理しているときはよかったが、母だけが作るととにかくおいしくない。生焼けだったり焦げていたり味が薄かったり(なかったり)。
ゆえにお菓子よりもまずごはんのことが重大な問題だった。
とくに悲惨だったのは、お弁当!
中学生女子のお弁当が「半透明の大きいタッパーに、白いごはんと、味付けされていない冷凍ハンバーグ(小)一つ」というのは、ほとんど嫌がらせではないだろうか。だいたい、蓋を開けると恐ろしいことになっていて「しまこちゃんのお弁当は海だね」と言われたこともある。ともかく、誰にも見せられない。平日は給食があって、ほんとうによかった。悲惨な思いは土日の部活動のときに限られていたのだ。しかもお弁当があることはほとんどなかった。
そんなわけで、わたしは高校生から自衛のために自分でお弁当を作るようになった。慌ただしい朝、自分で作っているので、片付けなどはせずに出かけて行っていて、そこはわたしも悪かったと、今では思う。しかし、毎日お弁当を作って、褒められたことは一度もなく、「台所を汚して!」と怒られていた。
だけど、サンドバッグになれていたので、あまり気にしていなかった。
と思っていたけど、繰り返し思い出すということは、ほんとうは心の奥底では「おいしいお弁当を作って欲しかった」という思いがあったのだと思う。
ちなみに母は、わたしのお弁当は作っていなかったけれど、弟のお弁当は作っていたと思う。妹のお弁当はわたしがついでに作っていたような気がする。
しかし、母は、わたしがお弁当を自分で作っていたことを、覚えていない。
天晴れである。
高校生くらいから、自分が食べたかったものを作り、家族にふるまうようになった。ホワイトソースのパスタに憧れて、母に作ってと言ったら「そんな難しいもの、作れん」と言われたので自分で作った。ロールキャベツもそう。
そうしてわたしはけっこう若いときから、家族にごはんを作っていたのである。
きょうだいや父が喜んでくれると嬉しかったし、「おいしい」と言われるとまた作ろう! と思えた。
母にはいつも「そんなに材料使ったらおいしいに決まっている」と言われていた。後片付けをしていなかったので、それも怒られたりしていた(これはわたしも悪かった)。
なんだろう?
思い返しても、母に料理を褒められた記憶はない。
大人になって、結婚してからならある。
だけど、十代二十代のころは褒められなかった。いつも「材料を使い過ぎる」とか「時間をかけすぎる」とか「丁寧にやりすぎる」と怒られていた。
妹は「お父さんがおいしいって食べるから、おもしろくないんだよ」と言っていた。まさか、そんなこと、とそのときは思っていたけれど(サンドバッグに慣れていたし)、でも妹の言うことが正解だったのだと思う。台所のあれこれが使いづらかったし、欲しい器具もあったけど、決してわたしの思うようには揃えることが出来なかった。
「ここはわたしの台所だから」
そう母に言われていたから。
買い物する権利もわたしにはなく、「あるもので作れなければ、料理が出来るとは言えない」と母に言われていたため、ほんとうにあるもので料理していた。
おかげで、結構料理スキルは上がったので良しとする。
母は安いものを大量に買うのが好きなのだ。そういうもので、冷蔵庫も台所も溢れかえっていた。
わたしは一週間のメニューを決めて、必要なだけ買う。
その方が無駄が少ないし、それにめんどくさくない。
日々忙しいのに、回っているのはメニューをあらかじめ作っておき、しかもその日のスケジュールに合わせたメニューにしてあるからだ。
ともかく、十代のころのわたしはおいしいものに飢えていた。
大人になって、家を出て、自由に買い物が出来て自由に台所が使えて、なんと嬉しかったことか。
そんなわけで、基本的には料理は好きだし、「おいしい」って言ってもらえるから作れるのである。
ただちょっと、たぶん、「家族のために作ってきた時間」があまりに長くて、しかも最近は量も多くて、ちょっと疲れているのでありますよ。
だって、お弁当は高校生から作っていたんだよ!
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