生と死について
わたしは小学生のときから、ずっと「早く死にたいな」と思いながら生きてきた。明確に死のうと思ったのは、たぶん五年生くらいのとき。紐が白くて柄の部分が青い縄跳びで首をつろうと思って、失敗した。
子どもだったわたしは、「みんな、生きていたくないんだけど、でも我慢して生きているんだ」と、ずっと思っていた。
でも、大学に入って、生と死について友だちと話したとき、「死にたいなんて、頭がおかしいんじゃない? 誰もそんなこと、考えていないよ。死にたくないのがふつうだよ」と言われ、衝撃を受けた。
今でも、その衝撃を忘れることが出来ない。
だからずっと「死にたい」と思うこと自体、いけないのだ、と罪悪感を抱いていたんだけど、あるとき、心理学の教授に生と死について、個人的に話す機会があって話したところ、「死にたいと思うことは、変なことでもないし、悪いことでもない」「ひとにはいろんな顔があって、どれもみんなそのひとなんだ」という主旨のことを言われ、なんだか突然目の前が開けたように感じた。
ぱあっと。
不思議だ。
「死にたい」という気持ちを受け入れることで、わたしの「生」は始まった気がする。
そうだ。
20歳くらいで、ふっと「ひとはひと、自分は自分。せめて自分で自分のことは好きになろう。自分で自分を褒めてあげよう。自分で自分を認めてあげよう」思って、そこから「わたし」の人生が始まった、と思っていた。ずっと、どうしてその明確な、そして重要な分岐点が訪れたのか不思議に思っていたけど、そうだ、きっと、この心理学の教授のことばが大きく関係している。あとは読んだ本も。
「わたし」の人生はそこから始まっているように思う。
死が自分の中にあることで、わたしは生きてゆけるのだ。
『ノルウェイの森』を繰り返し読んだ。『こころ』も繰り返し読んだ。
だから、ときどき、ふっと死に傾くときがある。
なぜなら、それは常にわたしの中にあるから。
どんなに充実して生きていても、わたしの中に死は常に存在している。
でも、それでいいんだ。
長い間、わたしはどうしてこんなに、死に向かう自分がいるのか不思議だった。ずっとずっと、そのことについては考えてきた。
息子たちが成長して、どう見ても、小学生くらいで死にたいとは思っていないように見えた。決して、順風満帆でなくても。どうしてわたしは、10歳くらいの子どものときから、死にたい自分を抱えているのだろう。
『ノルウェイの森』にね、緑という人物がいるのです。
お父さんとお母さんは悪い人たちじゃない。愛情がなかったわけじゃない。でも、足りなかった。
ということを言うのです。
わたしは何度もそこを読みました。何度も。
わたしには還る場所はないと思う。
寄る辺なくて、いつも何か心細い思いがあった。
いま、すごくすごく、自分だけの部屋(アパートの一室でいい)が欲しいのは、わたしが安心出来る場所が欲しいから。小さい子どもになって、泣いたりできる場所が欲しい。邪魔されずに眠ったりしたい。
家族のことは、とてもたいせつ。
だけど、なんていうのかな。
わたしは常につよくなくてはいけないのです。そういう役回りというか、そういうポジションなんだよね。
ずっとここまで、頑張ってちゃんとひっぱってきた。精神的に。
そうか。
わたしはわたしが休める場所が欲しいのです。
それは、どうもここにはない。
たぶん、みんながわたしに頼ってくるから。
そして、たいていはそれにこたえることが出来るから。
だけど、ときどき、爆発しちゃうんだよね。
年に1回あるかないか。
わたしはこころを休める場所が欲しい。
それはもう、ひとりでしかつくれないみたい。
子どものころって、きっと、親に支えられて生きているんだよね。
きっとそういう支えみたいなものを感じられないままに生きてきて、あまりにそれが当たり前になってしまっていて、変な話、わたしはわたしが誰かの支えになることで、いまは生きている。
今さら誰かの支えでもって生きていく、という生き方は出来ない。
もうそれはどうしようもなく。
わたしはわたしが支えとなって生きていくしか、生き方を知らない気がしてきた。
また別の友だちが、昔、「生きるのは楽しいこと。生きるのがつらいなんて、考えたことがない」と言ったことを思い出す。
そんなふうに思えたら、よかったのに。
でも、思えないわたしがわたしなのだから、それでいいんだ。
死はずっと、わたしの中にあって。
でも自分で死んだりはしない。
いま、わたしがほんとうに自分から死んでしまったら、息子たちのこころの中に永久に消えない黒いものを残してしまうから。
だから、生きていくしかないのだけど、そして生きていくなら、出来るだけ楽しく生きていきたいのだけれど、ただ、ときどき、寄る辺ない感情が湧き上がって、ふっとどこまでもどこまでも落ちていきたくなるんだ。
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