言葉はただの記号に過ぎない
言葉はイメージと結びついて、またその結びつきが他者と共有されることで、初めて「言葉」として機能する。ゆえに音のみ、文字のみの言葉は、「言葉」ではない。それはただの記号だ。
わたしたちは文章を書く。
しかし、その文章が他者に100パーセント理解されることは稀であると思う。なぜなら、みんな生きて来た背景が異なるし、誰もがその背景を背負って文章を読むからだ。
わたしは出来るだけ、分かりやすい言葉で書きたい。「誤解」が生まれないように。また、二度読まねばならない文章は悪文だと考えているからでもある。「分かりやすい」文章は「簡単な」文章ではない。漢語が多用されていても古文調であろうと、語法や文法が間違っていなければいいと、わたしは思う。ゆえに「間違いのない」文章、もしくは「誤解を生みにくい」文章が分かりやすい文章だと思っている。
分かりやすい文章を書くことで、意図がなるべく正確に伝わるといいな、と思っているわけである。つまりは。
誰だって、思いをまっすぐに正確に伝えたいよね。
ところで、最近『脳からみた心』(山鳥重/角川ソフィア文庫)を読んでいる。
この中に
「言語は独自の心理的構造をもっている。たとえば、単語は音だけでは決して単語と は言えず、心の中で名前(聴覚イメージ)と相手の名前(対象のイメージ)が結びつけられて初めて生きた単語となる。」
という記述があり、そうそう、そうですよね と思いながら読み進めた。
脳に障害が出来で言語障害が起こった患者の様々な事例が載っていて、大変興味深く読み進めている。
わたしは単語が出て来ない失語症くらいしかイメージになかったけれど、様々な事例があるのだと知った。
特に興味深かったのが二つあって、一つは「一つの物にしか名前を言えない」というもの。つまり、抽象化した単語を認識出来ないということだ(とわたしは理解した)。例えば、「猫」ならば、ある特定の一匹だけが「猫」で、そのほかのものを「猫」と呼べないのである。
子どもが小さかったとき、言語を獲得していくさまを見ていることが、とてもおもしろかった。特に不思議に思ったのは、様々な猫をきちんと「猫」と言えるようになること。犬とは区別をして。
最初は少し戸惑うけれど、それはほんの一瞬で、きちんと単語を抽象化して「猫」と捉えることがすぐに出来るようになった。猫と犬は、よく似ていると思う。四つ足で毛がふさふさしていて、身近にいる。しかも、ライオンなどとは違って、色々な模様があるし、犬に関してはサイズも違ってくる。でもきちんと「猫」「犬」が認識出来て、すごい能力だ、と思ったものである。(まあ、だから夜泣きもするよね、とも思っていた。)
「猫」と言う大きな引き出しに、「黒い猫」「三毛猫」という引き出しがあり、さらにその中に「くろ」「みけ」という、固有名詞が入っている。そういうことを、どうやら直観的に分かるらしい。
大きな引き出しを定義づけることの方が難しく、それは言葉の発生でも言えることだけど、例えば色の名前も最初は「桃色」のように具体的な事物に即した名前があって、その後次第に「赤」という名前が出来たはずである。子どもの抽象名詞の獲得も同じだとわたしは思う。
「猫」と「犬」の区別は簡単だけど、「果物」と「野菜」の区別は若干難しかったように記憶している。
さて、それで、もう一つ興味深かったのは「とりとめのない言葉が延々と続く」という事例。言葉そのものの操作性は残っているが、言葉を取り巻く諸能力が落ち込んでしまっているために、受け答えがまともには出来ない、というもの。音を聞いて、相手が発した意味を認識出来ず、自分の中にあるイメージに結びつけ話していく。従って、話は全く嚙み合わない。
これ、あまりにおもしろくてお話にしたのが、「音」である。
彼にとって、相手が発する言葉は「言葉」ではなく「音」なのだ。
相手の「音」を拾って会話すると、どんな感じになるのだろう? と思って書いた。うまく書けたかどうかはおいておいて。
ところで、『脳からみた心』に、「日常的な語は壊れにくい」とあったので、日常的な言葉で始まり、日常的な言葉で二人の会話を終わらせてみた。
言語機能を失うとどんな感じなんだろう?
言語機能を失うことと、思考能力を失うことはイコールではない気がする。単なる想像でしかないけれど。
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