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 翌朝、1月1日。大和は目を覚ました。天別駅で迎える最初で最後の正月。秘境駅で年を越し、新年を迎える事ができた。これは一生ものの感動だし、もうそんな経験は二度とできない。


 大和は目の前のたずを見つめた。たずは眠っている。心地よさそうな表情だ。


「あれ?」


 だが、大和は何かの異変に気付いた。息をしていない。何事だろう。


「朝ですよ! 朝ですよ!」


 大和は体をゆすった。だがたずは起きない。どうしたんだろう。そして大和はある事に気付いた。体が冷たい。死んだんだろうか?


「つ、冷たい・・・」


 と、待合室に章一、雪子とその息子夫婦がやって来た。たずがいない事に気付き、天別駅にやって来たようだ。


「おばあちゃん! おばあちゃん!」


 進一は体をゆすった。だが、たずは起きない。まさか、死んだんだろうか? こんな事で死ぬなんて。


「あ、あなたは誰ですか?」


 章一は驚いた。まさか、天別駅に人がいるなんて。珍しいな。何もない天別駅に何をしに来たんだろう。


「ここで年を越そうと来てたんですよ。昨日、この人と話してたんですけど、朝起きたら、全く起きないんですよ」


 大和は事情を説明した。こんなのが好きでする人がいるんだな。今年の3月14日で廃駅になる天別駅。きっと最後の思い出になっただろうな。


「ま、まさか・・・」

「し、死んでる・・・」


 章一は上を見上げた。その先には空がある。その空に、たずはいるんだろうか? たずは今頃、留吉と再会したんだろうか?


「天国で会えたのかな?」

「おばあちゃん、戦時中に出征して帰ってこない留吉さんを待っていたそうですよ。もう死んだというのに」


 昨日話した事は、本当だったのか。もし会えたら、感動的だろうな。


「そうなんですか」

「留吉さんは特攻隊で、戦時中に出撃して亡くなったんですけどね」


 章一はたずの事を思い出していた。最後は幻聴で迷惑をかけたけど、いい人生だった。きっと2人で天国から見ているだろう。


「わからなかったんでしょうか?」


 大和は幻聴の意味がわからなかった。何年か前に死んだ祖母はそんな症状はなかった。こんなのあるんだな。


「いや、幻を見てたんでしょうか?」

「そうかな?」


 5人は外に出た。今日も空は晴れている。雪は肩の部分まで積もっている。一面の銀世界で、幻想的な光景だ。


「今頃、天国で再会してるでしょうね」

「だといいね」


 5人は空を見上げた。雲1つない快晴だ。だが、たずの姿は見えない。見えないぐらいに高い所にいるんだろうか?


「そしてこの駅は、たずさんと共に思い出へと消えていくのかな?」

「そうかもしれないね」


 章一は下を向いた。あと2ヶ月余りで廃駅になってしまう。信号所として残るが、もう客を乗せる事は出来なくなる。寂しいけれど、乗客が少ないんだから仕方がない。


「でも、ここに駅があった事、この駅から多くの人が乗り降りして、時には笑い、時には涙を流した事、忘れないでほしいな。それに、ここに集落があり、多くの人の営みがあった事も」

「ああ」


 大和はたずの言葉を思い出した。この駅にも賑わっていた時期があった。だけど、まるで盛者必衰のように集落は消え、そして集落はただの荒野になってしまった。


「この駅はなくなっても、心の中では残り続けるんですね」

「だといいね」


 章一は天別の集落の写真を出した。大和はそれを食い入るように見た。これが天別の集落か。こんなに賑わっていた時期があったんだな。ここに住んでみたかったな。


「そしてここは、線路を残してただの原野に戻ってしまう」

「寂しいですね」


 その時、特急が通り過ぎた。駅はいつものように静まり返っている。見送る人は誰もいない。またいつもの天別駅に戻ってしまった。こうして、天別駅は誰も来ない駅になってしまった。




 3月14日、この日から天別駅は天別信号場になった。もうここに客は来ない。それに、信号場は無人化されているので、誰も来ない。


 誰もいなくなった信号場を、特急が通り過ぎていく。特急には何人かの人が乗っている。彼らはここに天別という集落があった事を知らない。


 その待合室に、2人の幽霊がいる。たずと留吉だ。2人は天国で再会し、ここで通り過ぎていく列車を見ている。だが、ここで乗り降りする人はもういない。天別は駅から信号場となった。


「駅、なくなっちゃったんですね」

「もうここには線路を残して何も残ってないのか。寂しくなったもんだ」


 たずと留吉は寂しそうな表情だ。こうして天別は忘れ去られていくんだろうか? もうこの信号場でしか名前を語り継ぐ者はいない。もしこの信号場がなくなったら、もう天別という名前すら消えてしまう。


「だけど、ここに集落があった事は、これからも語り継がれ、心の中では集落はあり続けるんだ」


 留吉はたずの手を握った。外は雪が降っている。まだまだ春は遠い。天別の跡は深い雪の中にある。


「そこで過ごした日々が懐かしいわね」

「そうだな」


 向かいの線路には特急の通過を待っている行き違いの普通が停まっている。だが、もう客扱いする事はない。青信号になったのを確認すると、普通は天別信号場を出発した。2人は寂しそうにそれを見ている。


「もうこの駅に電車は停まらない」

「寂しいですね」


 信号場は再び静寂に包まれた。次に来るのは数時間後だ。寂しいけれど、もう乗り降りはない。時代は変わった。そして、天別から人がいなくなった。もう天別は心の中でしか存在しなくなるだろう。

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待ち人 口羽龍 @ryo_kuchiba

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