3

 夜も更けて11時頃、天別駅にはたずがいた。4人の目をうまくすり抜けて、また天別駅にやって来た。だが、留吉はやっぱり来ない。もう死んでいるのに。


 と、そこに1台の車がやって来た。軽の4輪駆動だ。だが、たずはそれをまったく気にしていない。駅のホームをただ見ている。


 待合室に1人の男がやって来た。大和(やまと)だ。大和は鉄オタで、来年の3月14日に信号場に降格になるこの駅で年越しをしようと思っているようだ。


「ふぅ・・・、着いた」


 待合室にやって来た大和は、リュックをベンチに置いた。大和はベンチコートに付いた雪を払い、脱いだ。


「あれ?」


 大和は驚いた。こんな秘境駅に誰かがいるとは。もう終電は過ぎたのに。どうしているんだろう。


「あら、お邪魔してます」


 たずはお辞儀をした。まさか人が来るとは。こんなの初めてだ。なぜ来たんだろう。


「まさか誰かが来てるとは」

「どうしたんですか? こんな山奥の駅に」


 たずは驚いた。こんな山奥の誰もいない駅に人が来るとは。何をしにこの駅に来たんだろう。


「ここで年を越そうと思って来たんですよ」


 大和は笑みを浮かべた。秘境駅で年を越す人を見て、自分もやってみようと思った。普段は紅白歌合戦を見て、その後のゆく年くる年で年を越す。だけど、こんな年越しもいいなと思った。


「どうしてこんな事を」

「秘境駅で年を越そうと思ってですね」


 こんなのが好きな人がいるんだな。まさかここでこんな人に会えるとは。


「そうですか・・・」

「どうしてここにいるんですか? まさか、あなたもここで年を越すんですか?」


 大和は気になった。このおばあさんはこんな秘境駅で何をしているんだろう。この駅の番人のような人だろうか?


「いえ、留吉を待ってるんです」


 たずは泣いている。いつまで待っても留吉は帰ってこない。あれから何十年も待っても帰ってこない。いつになったら会えるんだろう。


「誰ですか?」

「私のかわいい弟なんです」


 たずは留吉といた日々を思い出した。楽しい事もあれば、悲しい事もある。また共に暮らしたいな。そして、互いのこれまでの人生を語り合いたいな。


「へぇ」

「戦時中に出征したまま、帰ってこないんです」


 たずは留吉の白黒写真を見た。そこには笑顔の留吉がいる。今頃、どんな顔になっているだろうか? 早く会いたいな。


「帰ってきたらいいですね」

「帰ってきたら、また一緒に暮らしたいねぇ」


 たずは共に上川で暮らす日々を想像した。章一、雪子と共に過ごし、残りの人生を楽しく過ごすんだ。


「いつになったら、会えるんでしょうね。会える日を楽しみにしてますよ」

「ありがとうございます」


 大和はホームを見た。もう終電は過ぎている。ホームは深い闇の中だ。とても静かな大みそかの夜だ。大和が住んでいる東京とはかけ離れている。みんなで新年を祝う雰囲気とは全く違う。


「ここ、来年の3月14日に廃駅になるって聞きまして」

「そうなんですか。初めて聞きました」


 たずはこの駅が来年の3月14日に廃駅になる事を知らなかった。まさか廃駅になるとは。たずは驚いた。これでまた1つ、ここに天別という集落があった面影が消えていくんだ。そう思うと、寂しくなる。


「昔はここにも集落があったと聞いてます。この駅ができて、集落ができて、ここってけっこう賑わったんですね」


 たずはそこで暮らした昔話を思い出していた。あの時は本当に幸せだった。留吉がいてくれれば、もっと幸せだったのに。


「そんな時代もありましたね。私はあの頃に住んでいたんですよ」

「そうなんですか」


 大和は昔に思いをはせた。今では全く利用者のない駅でも、こんなに賑わっていた時があるんだな。だけど、人がいなくなって、そして自然に帰って、そしてこの駅も信号場に降格になる。まるで1つの盛者必衰を見ているかのようだ。


「だけど、誰もいなくなって、今では息子夫婦の家に住んでるんですよ」

「こんないい時代もあったんですね」


 大和は思った。こんな時代に住み、そして生活したかったな。だけどもう昔に戻れない。


「だけどこの駅はここに集落があった事を証明してくれた。だけど来年、この駅は駅でなくなるんですね」

「寂しいですよね」


 と、大和は時計を見た。午前0時だ。日付が変わり、新しい年を迎えた。


「あっ、年が明けましたね!」

「そ、そうですか?」


 たずは笑みを浮かべた。年が明けると、なぜか笑みがこぼれてしまう。どうしてだろう。


「はい、明けましておめでとうございます!」

「あっ、おめでとうございます!」


 大和がお辞儀をすると、たずもお辞儀をする。と、大和はレジ袋から柿の種を出した。新年のお祝いに食べようと思っているようだ。


「また1日、廃駅になる日が近づいたんですね」

「寂しいな」


 大和は持ってきた水筒に入った温かいお茶を口に含み、柿の種をほおばった。今日もまた静かな1日が過ぎていく。そして、廃駅になる日がまた近づいた。


「もうこの駅に乗り降りする人はいなくなる。天別の集落の面影がまた1つ消えてしまう。はたして、どれだけの人々が乗り降りしたんでしょうかね?」

「どうだろうね」


 大和は持ってきたもう1袋の柿の種をたずに差し出した。だが、たずは食べようとしない。もう年だ。こんな時間にそんなのを食べたら体に悪い。


「賑わった時もあったんだろうな。その時に降り立ってみたかったな」

「こうして集落の面影は消えていくんでしょうか?」


 たずは寂しそうだ。こうして天別の面影が完全に消えていくんだろうか? もう写真の中でしか面影を感じられなくなってしまうんだろうか?


「どうでしょう」


 そして、大晦日の夜は更けていった。食べているうちに、大和は眠たくなってきた。そして、大和は眠ってしまった。


 たずはその様子をじっと見ている。まるで死んだ留吉のようだ。帰ってきたようだ。だけど、彼は違う。ここで年を越そうと思いやって来た別の男だ。だけど、なぜか留吉の事を思ってしまう。どうしてだろう。

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