後編 2人のデート
そして迎えた日曜日。
カジローとモエリは駅前にいた。
「遅いぞ
「……時間通りだ」
2人が待ち合わせしている場所は、『リンク』という名のショッピングモールだ。ここには映画館やフードコートもあるため、休日になると多くの人が訪れる。
「さてと、まずはどこに行こっか?やっぱり最初は、ショッピングかな!」
モエリはカジローの手を引くと、早速近くの店に入っていった。
「ねぇ、これ似合ってる?どう思う?無相くんの感想が聞きたいな!」
「……」
モエリは試着室の中から服を見せると、カジローに向かって質問を投げかける。
一方、カジローは無言のまま腕組みをしていた。そして、どこか呆れたような顔を浮かべて口を開く。
「お前は俺にファッションセンスがあるとでも思ってるのか?」
「うん!」
「即答かよ……」
カジローは思わず頭を抱えた。
ただでさえ苦手分野なのに、女子の服装についてアドバイスしろとか、ハードルが高すぎるにもほどがあるだろう……。そう思ったものの、ここまで期待に満ちた眼差しを向けられては、流石に断りづらい。
悩むカジローを見て、モエリは少し嬉しくなっていた。
(ふっふっふ……!計画通り!)
モエリは心の中でほくそ笑んでいた。
彼女にとって、普段のカジローは感情の変化に乏しいため、何を考えているかよく分からなかった。だが、こうして一緒に出掛けることで、彼の様々な一面を見ようとしていたのだ。
(あたしの作戦は完璧だもんね。このままガンガン攻めていくぞー!!)
モエリは拳を握って意気込む。
一方のカジローは、モエリの
(クソ……どうすりゃいいんだよ。つっても、あんまり適当なことを言うと、余計に面倒なことになりそうだしなぁ……。とりあえず、何かしら言っておくか)
「……まあ、いいんじゃないか」
「ほんと!?やった!」
カジローがボソッと言うと、モエリはとても嬉しそうに微笑んだ。
「じゃあ、次はあそこいこー!」
モエリは再びカジローの手を引っ張ると、次の場所へと歩き始めたのだった。
◆
次に2人が訪れたのは、ゲームセンターだった。
「わぁ……!いろんなゲーム機があって楽しそう!」
店内に入ると、モエリは目を輝かせた。
「ねえねえ無相くん!どれやりたい?」
「別に何でもいい」
「えぇ~!それじゃあダメだよ!ほら、あのシューティングゲームなんてどう?」
モエリが指差したのは、画面にゾンビが大量に映し出されているガンシューティングだった。
「……分かったよ」
カジローは渋々といった様子で承諾する。
モエリはコインを入れると、コントローラーを手に取った。
「よーし!じゃあいくよ~!」
そう言うなり、モエリは銃を構えて画面上の敵を撃っていく。しかし彼女はあまりこういったものに慣れていないらしく、
「あっ!外した!」
「きゃ~!やられちゃった~!!」
などと悲鳴を上げていた。
そのたびにカジローは、
「バカ、こっちはこうやればいい」
「そこは攻撃が来るから避けろ」
と的確な指示を出す。
やがて、全ての敵を倒し終えたところで、モエリは大きくガッツポーズをした。
「やっったー!クリアしたよ!無相くん、イェーイ!」
「やったな!」
2人はパチンとハイタッチを交わす。乗り気ではなかったカジローも、いつの間にか夢中になっていたようだ。
これにはモエリも大満足である。
(無相くん、意外とノリがいいんだね!ちょっと意外な発見かも♪)
それから2人は色々なゲームをプレイした。
エアホッケーではカジローが圧勝したり(モエリがボロ負けして悔しがっていた)、ダンスのゲームでモエリが華麗なステップを披露したり……など、2人ともとても楽しいひと時を過ごしたのだった。
そうした中、「なんか、苗字だと堅苦しいじゃん!」とのモエリの提案で、2人はお互いに名前で呼び合うようになっていった。
◆
その後、2人はフードコートで休憩していた。
モエリの前には、アイスクリームの乗ったパフェが置かれている。
「おいひぃ~!しあわせ~!」
モエリは満面の笑顔でアイスを食べている。
一方、カジローは遊び疲れたのか、ボーっとした表情でコーヒーを飲んでいた。
「ねぇ、カジロー。一口食べる?」
「……は?」
モエリの言葉に、カジローは間の抜けた声を上げた。
「いや、だから、食べたいならあげようかなって」
「いや、別にいい」
「遠慮しないで!はい、あーん」
モエリはスプーンでアイスを一すくいすると、カジローの目の前に差し出した。
「……」
(いや、これ……間接……)
カジローは困惑していたが、モエリはニコニコしながら待っている。
やがて根負けすると、彼はゆっくりと口を開けた。
「あー……む」
モエリはすかさずカジローの口にスプーンを入れた。
「おいしい?」
「まあまあだな」
「むぅ……素直じゃないなあ」
モエリは頬を膨らませると、再びアイスを口に運んだ。そしてうっとりとしながら、幸せそうな顔をする。
「ふぅ……甘いものは心の栄養だね!」
「お前は食い過ぎだろ、モエリ」
「だって美味しいんだも~ん!」
モエリはそう言いながら、パクパクと食べ進めていった。
「ごちそうさま!さて、次は何しようかな~?」
「もう十分遊んだと思うが」
「ううん、まだまだ足りないよ!もっと遊びた~い!!」
はしゃぐモエリを横目に、カジローは大きなため息をつく。
今日1日でかなりの疲労感を感じていたのだが、彼女のテンションの高さを見ると、「帰るぞ」とは言い出しづらかった。
それに、どこかこの状況を楽しんでいる自分もいるわけで。
(まあ、たまにはこういうのもいいかもしれないな)
カジローはそんなことを考えながら、残っていたコーヒーを飲み干すのであった。
◆
その後も、モエリはカジローを連れまわし続けた。
映画館では、ホラー映画を観て叫びまくるモエリに、カジローまでビクッと驚いてしまう場面もあった(ちなみに、モエリはかなり怖がっていたが、カジローは内容よりもモエリの声に驚いたらしい)。
他にも、カラオケではカジローの歌声にモエリが感動し、逆にモエリの歌にカジローが驚かされることもあった。
そうして時間は瞬く間に流れていき、気づけば夕方になっていた。
「今日は楽しかったね!」
モエリは
カジローは相変わらず無愛想だったが、内心は彼女と同じ気持ちだった。
「ああ」
「また一緒に来てくれる?」
「気が向いたらな」
「うん!約束だからね!」
モエリはカジローの手を取る。
こうして、2人の休日は終わりを迎えたのだった。
◆
そして、月曜日。
いつものように登校すると、モエリはカジローのもとへ駆け寄ってきた。
「おはよー!カジロー!」
「……モエリか。おはよう」
カジローは小さく挨拶を返すと、そのまま席に着いた。モエリはというと、彼の前の席を勝手に拝借して座っている。
「昨日は楽しかったね!ね、また次の日曜日も遊ぼうよ!」
「……はえーよ。つーか、金あんのか?」
「あ……。考えてなかった……。じゃあさ、お金かからないところ行こうよ!例えば、図書館とか!」
「それはいいな。賛成だ」
モエリとカジローは、そんな会話を交わしていた。
2人が仲良く話している光景を見て、クラスメイトたちは驚きのあまり固まってしまった。
「無相が……有形さんと普通に喋ってる……だと!?」
「しかも、名前で呼び合ってるし……!」
「何があったの?ねぇ、どういうことなの!?」
「私、昨日2人が一緒にいるとこ見たんだけど、すごく仲良さげにしてて、それで――」
などなど、教室内は大騒ぎとなっていた。
そんな中、1人の女子生徒がモエリに話しかける。
「ねぇねぇエモちゃん、昨日何かあったの?」
「え?カジローと出掛けて、たくさん遊んだだけだよ?」
「へぇー、デートだ!」
「デッ!?違うよ!!ただのお出かけ!!」
『デート』というワードを聞いて、モエリは慌てふためく。彼女にとっては、カジローの様々な表情を引き出すための作戦に過ぎなかったのだろうが、
一方、カジローはその様子を静かに眺めていたが、すぐに視線を逸らした。
(……やっぱり気づいてなかったか)
カジローは心の中で呟くと、そっとため息をついた。
彼は、誘われた時点で薄々勘付いていたのだ。これは、デートなのではないかと。
しかし、カジローはそれをわざわざ指摘するようなことはしなかった。それを伝えればモエリがどんな反応をするのか、容易に想像できたからである。
そんなカジローをよそに、女子たちの質問は続いていく。
「でも、お付き合いしてなくても、男女が一緒に出かけたらデートっていうんじゃなかったっけ?」
「それに、手とか繋いでなかった?」
「ふえっ……!?」
モエリは思わず変な声を出してしまう。
(モエリの奴、完全にテンパってんな……)
カジローは呆れたような顔でモエリを見つめていた。すると、モエリは助けを求めるような目でこちらを見てきた。
(……仕方ないか)
カジローはため息をつくと、口を開いた。
「……こいつが迷子になりかけたから、俺から手を繋いだだけだ」
「そっかぁ」
「まあ、そういうことだ」
カジローがそう言うと、モエリの顔がパァッと明るくなった。
「ありがとう!カジロー!」
「別にいい。それに……(嫌では……なかったし)」
「え?」
「……何でもない」
カジローが小声で呟くと、モエリは不思議そうに首を傾げた。
そんな彼女に、再び女子生徒が話しかける。
「あ、そういえばさ、『カジロー』と『モエリ』っていつの間にか名前で呼んでるよね?」
「えっ……!?」
突然、話題を変えられると思わなかったのか、モエリは目を丸くする。
「そ、それは……」
「そうじゃん!もしかして、2人って付き合ってたり?」
「えぇっ!?」
今度は大声を上げ、顔を真っ赤にするモエリ。それを見た他の生徒たちは、「きゃー!」と言いながら盛り上がっていた。
一方のカジローは、特に表情を変えることなく、黙ったままそっぽを向いている。だが、その耳は
「なぁ、どうなんだー?」
男子生徒がニヤつきながら尋ねる。
カジローはチラッとモエリの方を見ると、ボソッと一言。
「付き合ってはいない。まだ、な」
「えっ……?」
モエリは思わず声を漏らした。その言葉の意味を理解すると、ボンっと音がしそうな勢いで、一気に顔を紅潮させる。
「きゃー!」
「マジかぁー!」
再び盛り上がる一同。その一方で、カジローはモエリの反応を見るなり、満足気にフッと微笑んだ。
表情豊かなモエリに心を揺り動かされるのも悪くないが、こうして自分が彼女を振り回すというのも、案外楽しいかもしれない。
カジローは密かにそう思ったのだった――。
エモーション! ~感情的女子は、省エネ系男子の心を揺さぶりたい~ 夜桜くらは @corone2121
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