後編 2人のデート

 そして迎えた日曜日。

 カジローとモエリは駅前にいた。


「遅いぞ無相むそうくん!」


「……時間通りだ」


 2人が待ち合わせしている場所は、『リンク』という名のショッピングモールだ。ここには映画館やフードコートもあるため、休日になると多くの人が訪れる。


「さてと、まずはどこに行こっか?やっぱり最初は、ショッピングかな!」


 モエリはカジローの手を引くと、早速近くの店に入っていった。


「ねぇ、これ似合ってる?どう思う?無相くんの感想が聞きたいな!」


「……」


 モエリは試着室の中から服を見せると、カジローに向かって質問を投げかける。

 一方、カジローは無言のまま腕組みをしていた。そして、どこか呆れたような顔を浮かべて口を開く。


「お前は俺にファッションセンスがあるとでも思ってるのか?」


「うん!」


「即答かよ……」


 カジローは思わず頭を抱えた。

 ただでさえ苦手分野なのに、女子の服装についてアドバイスしろとか、ハードルが高すぎるにもほどがあるだろう……。そう思ったものの、ここまで期待に満ちた眼差しを向けられては、流石に断りづらい。

 悩むカジローを見て、モエリは少し嬉しくなっていた。


(ふっふっふ……!計画通り!)


 モエリは心の中でほくそ笑んでいた。

 彼女にとって、普段のカジローは感情の変化に乏しいため、何を考えているかよく分からなかった。だが、こうして一緒に出掛けることで、彼の様々な一面を見ようとしていたのだ。


(あたしの作戦は完璧だもんね。このままガンガン攻めていくぞー!!)


 モエリは拳を握って意気込む。

 一方のカジローは、モエリのたくらみなど知るよしもなく、どうすればいいか必死になって考えていた。


(クソ……どうすりゃいいんだよ。つっても、あんまり適当なことを言うと、余計に面倒なことになりそうだしなぁ……。とりあえず、何かしら言っておくか)


「……まあ、いいんじゃないか」


「ほんと!?やった!」


 カジローがボソッと言うと、モエリはとても嬉しそうに微笑んだ。


「じゃあ、次はあそこいこー!」


 モエリは再びカジローの手を引っ張ると、次の場所へと歩き始めたのだった。



 次に2人が訪れたのは、ゲームセンターだった。


「わぁ……!いろんなゲーム機があって楽しそう!」


 店内に入ると、モエリは目を輝かせた。


「ねえねえ無相くん!どれやりたい?」


「別に何でもいい」


「えぇ~!それじゃあダメだよ!ほら、あのシューティングゲームなんてどう?」


 モエリが指差したのは、画面にゾンビが大量に映し出されているガンシューティングだった。


「……分かったよ」


 カジローは渋々といった様子で承諾する。

 モエリはコインを入れると、コントローラーを手に取った。


「よーし!じゃあいくよ~!」


 そう言うなり、モエリは銃を構えて画面上の敵を撃っていく。しかし彼女はあまりこういったものに慣れていないらしく、

「あっ!外した!」

「きゃ~!やられちゃった~!!」

 などと悲鳴を上げていた。


 そのたびにカジローは、

「バカ、こっちはこうやればいい」

「そこは攻撃が来るから避けろ」

 と的確な指示を出す。


 やがて、全ての敵を倒し終えたところで、モエリは大きくガッツポーズをした。


「やっったー!クリアしたよ!無相くん、イェーイ!」


「やったな!」


 2人はパチンとハイタッチを交わす。乗り気ではなかったカジローも、いつの間にか夢中になっていたようだ。

 これにはモエリも大満足である。


(無相くん、意外とノリがいいんだね!ちょっと意外な発見かも♪)


 それから2人は色々なゲームをプレイした。

 エアホッケーではカジローが圧勝したり(モエリがボロ負けして悔しがっていた)、ダンスのゲームでモエリが華麗なステップを披露したり……など、2人ともとても楽しいひと時を過ごしたのだった。


 そうした中、「なんか、苗字だと堅苦しいじゃん!」とのモエリの提案で、2人はお互いに名前で呼び合うようになっていった。



 その後、2人はフードコートで休憩していた。

 モエリの前には、アイスクリームの乗ったパフェが置かれている。


「おいひぃ~!しあわせ~!」


 モエリは満面の笑顔でアイスを食べている。

 一方、カジローは遊び疲れたのか、ボーっとした表情でコーヒーを飲んでいた。


「ねぇ、カジロー。一口食べる?」


「……は?」


 モエリの言葉に、カジローは間の抜けた声を上げた。


「いや、だから、食べたいならあげようかなって」


「いや、別にいい」


「遠慮しないで!はい、あーん」


 モエリはスプーンでアイスを一すくいすると、カジローの目の前に差し出した。


「……」


(いや、これ……間接……)


 カジローは困惑していたが、モエリはニコニコしながら待っている。

 やがて根負けすると、彼はゆっくりと口を開けた。


「あー……む」


 モエリはすかさずカジローの口にスプーンを入れた。


「おいしい?」


「まあまあだな」


「むぅ……素直じゃないなあ」


 モエリは頬を膨らませると、再びアイスを口に運んだ。そしてうっとりとしながら、幸せそうな顔をする。


「ふぅ……甘いものは心の栄養だね!」


「お前は食い過ぎだろ、モエリ」


「だって美味しいんだも~ん!」


 モエリはそう言いながら、パクパクと食べ進めていった。


「ごちそうさま!さて、次は何しようかな~?」


「もう十分遊んだと思うが」


「ううん、まだまだ足りないよ!もっと遊びた~い!!」


 はしゃぐモエリを横目に、カジローは大きなため息をつく。

 今日1日でかなりの疲労感を感じていたのだが、彼女のテンションの高さを見ると、「帰るぞ」とは言い出しづらかった。

 それに、どこかこの状況を楽しんでいる自分もいるわけで。


(まあ、たまにはこういうのもいいかもしれないな)


 カジローはそんなことを考えながら、残っていたコーヒーを飲み干すのであった。



 その後も、モエリはカジローを連れまわし続けた。

 映画館では、ホラー映画を観て叫びまくるモエリに、カジローまでビクッと驚いてしまう場面もあった(ちなみに、モエリはかなり怖がっていたが、カジローは内容よりもモエリの声に驚いたらしい)。


 他にも、カラオケではカジローの歌声にモエリが感動し、逆にモエリの歌にカジローが驚かされることもあった。

 そうして時間は瞬く間に流れていき、気づけば夕方になっていた。


「今日は楽しかったね!」


 モエリは屈託くったくのない笑みを浮かべる。

 カジローは相変わらず無愛想だったが、内心は彼女と同じ気持ちだった。


「ああ」


「また一緒に来てくれる?」


「気が向いたらな」


「うん!約束だからね!」


 モエリはカジローの手を取る。

 こうして、2人の休日は終わりを迎えたのだった。



 そして、月曜日。

 いつものように登校すると、モエリはカジローのもとへ駆け寄ってきた。


「おはよー!カジロー!」


「……モエリか。おはよう」


 カジローは小さく挨拶を返すと、そのまま席に着いた。モエリはというと、彼の前の席を勝手に拝借して座っている。


「昨日は楽しかったね!ね、また次の日曜日も遊ぼうよ!」


「……はえーよ。つーか、金あんのか?」


「あ……。考えてなかった……。じゃあさ、お金かからないところ行こうよ!例えば、図書館とか!」


「それはいいな。賛成だ」


 モエリとカジローは、そんな会話を交わしていた。

 2人が仲良く話している光景を見て、クラスメイトたちは驚きのあまり固まってしまった。


「無相が……有形さんと普通に喋ってる……だと!?」

「しかも、名前で呼び合ってるし……!」

「何があったの?ねぇ、どういうことなの!?」

「私、昨日2人が一緒にいるとこ見たんだけど、すごく仲良さげにしてて、それで――」


 などなど、教室内は大騒ぎとなっていた。

 そんな中、1人の女子生徒がモエリに話しかける。


「ねぇねぇエモちゃん、昨日何かあったの?」


「え?カジローと出掛けて、たくさん遊んだだけだよ?」


「へぇー、デートだ!」


「デッ!?違うよ!!ただのお出かけ!!」


『デート』というワードを聞いて、モエリは慌てふためく。彼女にとっては、カジローの様々な表情を引き出すための作戦に過ぎなかったのだろうが、はたから見ると、完全にカップルのそれだったのである。


 一方、カジローはその様子を静かに眺めていたが、すぐに視線を逸らした。


(……やっぱり気づいてなかったか)


 カジローは心の中で呟くと、そっとため息をついた。

 彼は、誘われた時点で薄々勘付いていたのだ。これは、デートなのではないかと。

 しかし、カジローはそれをわざわざ指摘するようなことはしなかった。それを伝えればモエリがどんな反応をするのか、容易に想像できたからである。

 そんなカジローをよそに、女子たちの質問は続いていく。


「でも、お付き合いしてなくても、男女が一緒に出かけたらデートっていうんじゃなかったっけ?」

「それに、手とか繋いでなかった?」


「ふえっ……!?」


 モエリは思わず変な声を出してしまう。


(モエリの奴、完全にテンパってんな……)


 カジローは呆れたような顔でモエリを見つめていた。すると、モエリは助けを求めるような目でこちらを見てきた。


(……仕方ないか)


 カジローはため息をつくと、口を開いた。


「……こいつが迷子になりかけたから、俺から手を繋いだだけだ」


「そっかぁ」


「まあ、そういうことだ」


 カジローがそう言うと、モエリの顔がパァッと明るくなった。


「ありがとう!カジロー!」


「別にいい。それに……(嫌では……なかったし)」


「え?」


「……何でもない」


 カジローが小声で呟くと、モエリは不思議そうに首を傾げた。

 そんな彼女に、再び女子生徒が話しかける。


「あ、そういえばさ、『カジロー』と『モエリ』っていつの間にか名前で呼んでるよね?」


「えっ……!?」


 突然、話題を変えられると思わなかったのか、モエリは目を丸くする。


「そ、それは……」


「そうじゃん!もしかして、2人って付き合ってたり?」


「えぇっ!?」


 今度は大声を上げ、顔を真っ赤にするモエリ。それを見た他の生徒たちは、「きゃー!」と言いながら盛り上がっていた。


 一方のカジローは、特に表情を変えることなく、黙ったままそっぽを向いている。だが、その耳はかすかに赤くなっていた。


「なぁ、どうなんだー?」


 男子生徒がニヤつきながら尋ねる。

 カジローはチラッとモエリの方を見ると、ボソッと一言。


「付き合ってはいない。まだ、な」


「えっ……?」


 モエリは思わず声を漏らした。その言葉の意味を理解すると、ボンっと音がしそうな勢いで、一気に顔を紅潮させる。


「きゃー!」

「マジかぁー!」


 再び盛り上がる一同。その一方で、カジローはモエリの反応を見るなり、満足気にフッと微笑んだ。


 表情豊かなモエリに心を揺り動かされるのも悪くないが、こうして自分が彼女を振り回すというのも、案外楽しいかもしれない。

 カジローは密かにそう思ったのだった――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

エモーション! ~感情的女子は、省エネ系男子の心を揺さぶりたい~ 夜桜くらは @corone2121

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ