エモーション! ~感情的女子は、省エネ系男子の心を揺さぶりたい~

夜桜くらは

前編 正反対な2人

『あなたは、最近何かに感動しましたか?』

 と聞かれたら、どう答えるだろうか。


 動物もののドキュメンタリー番組を見て感動したとか、スポーツ観戦をして心が震えたとか、いろいろあるだろう。


 有形ありがた萌莉もえり─もとい、モエリは、その全てに感動する人間だった。

 そしてそんな彼女は、通う中学校でも、自分の感動したことをクラスメイトたちに語っていく。


「ねぇねぇ、昨日のドラマ観た?すっごくドキドキしたよね~!」

「この前読んだ本、感動して涙が止まらなかったよ~!」


 などというように、モエリが語る感動エピソードの数々は、クラスメイトたちにも評判がよく、みんなから好かれていた。


 心が動かされるエモいエピソードを語ることから、モエリは『エモちゃん』と呼ばれ、ムードメーカー的存在として一目置かれているのだ。

 当の本人も、「自分が感動したことを伝えることで、みんなの気持ちを動かすことができるなら嬉しい」と思っているし、何より彼女自身が楽しかった。



 一方、無相むそう嘉次郎かじろう─もとい、カジローは、そういう感情的なことをあまり表に出さず、どちらかと言えば、冷静沈着なタイプだ。


「いちいち感動してたら疲れるだろ」

「無駄にエネルギーを使うだけだ」


 などと、周りの人間が聞けばムッとするかもしれないようなことを言うこともあった。

 だが彼は、別に冷たいわけでもなく、ただ本当にそう思っているだけなのだ。


 そんな性格なので、周りからは少し浮いた存在になりがちだったが、本人は特に気にしていない様子。他人からどう思われようと構わないといった感じである。

 ただ毎日を平和に穏やかに過ごせればそれでいい。ほどほどの刺激で十分満足できる。それが彼の生き方であり考え方であった。


 正反対とも言える考え方の2人。だが、中学2年のクラス替えにより、モエリとカジローは、同じクラスになったのである。



 クラス替えから数日が経ち、季節は春。桜の花びらが舞う中、新学期を迎えた教室では、新しいクラスの人間関係が形成されつつあった。

 モエリの席の周りには、いつものように彼女の友人たちが集まっている。


「それでね、そのときの主人公が言ったセリフがすごくてさぁ!もうキュンキュンきちゃったんだよぉ!!」


「へぇーそうなんだ!私もそのマンガ読んでみようかな?」


「じゃあ今度貸すよ!」


「ありがとー!エモちゃんのオススメなら絶対面白いよね♪」


 ……というような会話が繰り広げられていて、とても微笑ましい光景となっている。


 クラスの男子たちの間では、こういう女子たちのキャッキャウフフな雰囲気に対して、

「癒される……」

「有形さんのエモトーク、ありがたい……」

 という意見が多く寄せられているという。


 しかしそんな中で1人だけ、彼女たちとは少し距離を置いている人物がいた。それが、カジローだった。


(……またやってんのか)


 彼は窓際の自分の机に座って頬杖ほおづえを突きながら、モエリの席で行われているガールズトークの様子を眺めつつ、内心そう思った。

 すると、クラスの男子の1人が、カジローに声をかけてきた。


「今日も相変わらず元気だな、有形さんたちは」


「……ああ、そうだな」


 カジローは特に表情を変えず、そっけなく返した。

 話しかけたクラスメイトの方も慣れたものなのか、「まあまあ、ああやって話している姿を見るだけでも楽しいじゃないか」と言って笑う。


「……別に、俺には関係ないことだし。それに、どうでもいいことに一喜一憂するのは時間の無駄だろ」


「うわ出た、カジローの『無駄』発言に、『論理的ロジカル無双ムソウ』。お前らしいけどな~」


 クラスメイトの言葉を聞いても、カジローは何も言わなかった。ただ黙っているだけである。

 そんな彼に苦笑しながら、クラスメイトは自分の席へと戻っていった。


(あんなに騒ぐ必要ないだろ。……理解できない)


 カジローは小さくため息をつくと、かばんから文庫本を取り出して読み始めた。


 一方、モエリはというと、ちょうどそのタイミングで、カジローの方に視線を向けたところだった。


(あれ?あの本……)


 彼女はカジローが持っている本に見覚えがあった。先ほどまで話題に上がっていた、感動系の小説だ。


(無相くんも読書が好きなのかな?)


 モエリはそんなことを思いながら、カジローのことを見つめる。


「ねぇ、エモちゃん。ずっと気になってたんだけどさ……なんで無相くんのこと、見てるの?」


「え?だって、無相くんも本を読んでるみたいだから」


 モエリは友人の質問にあっさりと答えた。


「それだけ!?」


「うん。なんか、ちょっと興味があって」


「ふぅん。でも、あんまりじろじろ見たりしない方がいいと思うよ。ほら、無相くんって、クールっていうか、冷めてる感じじゃん」


 友人は、カジローに対する率直な印象を述べた。

 確かにカジローは、普段からあまり感情を表に出さないタイプだ。そのため、クールなヤツという印象を持たれやすい。

 しかし、モエリは彼のことを良く知らなかったけれど、それでもカジローに悪いイメージは持っていない。


「そんなことないよ。無相くんにもきっと、あたしと同じぐらい感動する心があるはず!」


「いや、それは流石に無理じゃない?」


 自信満々に言い切るモエリに、友人がツッコミを入れる。だが、モエリは気にせず続けた。


「いーのいーの!そんなこと言ったら、この前読んだ感動系漫画に出てきた主人公のセリフも、『人の心には必ず熱い炎が灯る。それを燃やすかどうかは自分次第だ!』とか言ってたもん。つまり、燃えていない人なんて、誰もいないんだよ!」


「いやまあ、そうかもしれないけど……。それって、ほとんど無根拠じゃない?」


「とにかく、あたしは無相くんのことが知りたいの!どんなことでもいいから、まずはそこから始めないと!」


「そっか。まあ頑張れ」


「うん、ありがとう!よーし、これからは積極的に話しかけてみるぞー!!」


 モエリはグッと拳を握って意気込む。その様子を見ていた友人は、思わず吹き出してしまった。

 そして、カジローはというと……


(……っ!なんか悪寒がしたような……)


 一瞬だけ背筋がゾクッとした気がして、不思議に思うのであった。



 その日の放課後。


「無相くん!今日、暇?もしよかったら一緒に帰ろうよ!」


「……」


 帰り支度をしていたカジローの元に、突然モエリが現れた。ニコニコしながら誘ってくる彼女に、カジローは怪しげなものを見る目を向ける。


「……何の用だよ」


「特にこれといった理由はないんだけどね。強いて言うなら、無相くんと仲良くなりたくて!」


「……俺は別に、お前と親しくなるつもりはない。他を当たれ」


 カジローは素っ気なく答えた。だが、モエリは全く動じる様子もなく、むしろますます嬉しそうに笑顔を浮かべる。


「そっか、分かった!じゃあとりあえず、連絡先交換しようよ!」


「話聞いてんのか?」


 モエリはスマホを取り出すと、カジローに差し出した。


「はい、どうぞ」


「……」


 カジローはモエリの顔とスマホを見比べた後、諦めたようにため息をつくと、渋々といった様子で自分のスマホを差し出す。このままつきまとわれても面倒だと悟ったのだろう。

 モエリはカジローの連絡先を入手すると、「よしっ!」とガッツポーズをした。


「これで一歩前進だね♪」


「……」


 カジローはもう何も言わなかった。

 モエリは上機嫌のまま、彼の隣に立って歩き始める。

 2人は校門を出ると、そのまま家に向かって歩いていく。その間、モエリのマシンガントークが炸裂さくれつしていた。


「無相くんの好きな食べ物はなに?趣味はあるの?休日は何をして過ごしてるの?どこに住んでるの?」

 などというふうに、次々と質問を投げかけてくる。


「うるさい」


「あっ、ごめんなさい……」


 カジローが一言だけ返すと、モエリはシュンとして黙ってしまった。


「……」


「……」


 沈黙が流れる。

 モエリはチラリと横を見ると、カジローの顔を覗き込んだ。彼は相変わらず仏頂面である。

 感情が表に出にくいタイプのようだが、もしかしたらあまり喋りたくないのかもしれない。


(あぁ……失敗しちゃったなぁ)


 モエリは後悔していた。仲良くなりたくて声をかけたのに、彼の迷惑になってしまったのでは……と思って落ち込んでしまう。


 ところが、カジローの方も少し困っていた。

 正直なところ、いきなり馴れなれしく接してくるモエリに対して、どう対応すればいいか分からなかったのだ。


 いつもの彼ならば、「もう二度と関わるんじゃねえ」と言って、その場を去ることもできたのだが、なぜか今日に限ってはそれができなかった。

 おそらくモエリがあまりにも楽しそうにしているせいだろう。その様子を見てしまうと、なんだか突き放すのが申し訳なく思えてしまったのだ。


「……おい」


「な、なに?」


「何か話したいことがあるなら、勝手に話せ」


「えっ?」


 カジローの言葉を聞いた瞬間、モエリの表情がパァッと明るくなった。


「いいの?」


「……別にいい」


「じゃあ遠慮なく!えーっとね、無相くんは本読んでたみたいだけど、普段はどんな本を読むの?」


「結局聞くのかよ……。ジャンルは特に気にしない。面白そうなのがあれば何でも読む」


 カジローが答えると、モエリは興味津々な様子で身を乗り出して尋ねてきた。

 まるで新しいおもちゃを見つけた子供のように、目をキラキラ輝かせている。

 そんなモエリを見て、カジローは内心ため息をついた。


(……ったく、調子狂うな……)


 モエリのペースに乗せられてしまっていることに少し苛立いらだちながらも、彼はモエリの話に耳を傾ける。


 そうしてしばらく会話を続けていたのだが、何しろ考え方が全く違う2人なので、その意見はしばしば衝突した。


「本の内容は、ネタバレ上等だろ。結末がわかってれば、無駄にハラハラしたりしないで済む」


「えぇっ!?嘘でしょ?そのワクワク感も含めて、物語を楽しむ醍醐味だいごみなのに!」


「それが時間の無駄だって言ってんだ。その時間で別の本が読める」


 こんな感じで意見が食い違ったときもあれば……


「なんで映画を倍速で観るの!?普通に観ればもっと感動できるのに!」


「別に早くても問題ないだろ。俺はそれで十分楽しめる」


「ダメだよ!ちゃんとストーリーを追ってこその面白さでしょ!」


 という風に、お互いの主張をぶつけ合うこともあった。

 そのたびにモエリはカジローを説得しようとしたが、カジローの方も負けじと言い返してきたので、なかなか決着がつかない。


 やがて、モエリはカジローとの論争に疲れ果てて、大きなため息を吐いた。


「……はあ~。無相くんと話してると、頭がこんがらがってきちゃうよぉ~」


「お前が勝手に熱くなっただけだろ。俺は悪くない」


「むぅ~~!!こうなったら意地でも無相くんを感情的にさせてやるんだから!」


「はいはい、せいぜい頑張ってくれ」


 カジローは興味なさげに返事をする。

 しかしモエリは諦めず、その後もカジローに話し続けていた。そんな彼女を尻目に、カジローはただ黙々と歩き続ける。


 こうして、その日から2人の奇妙な関係が始まったのだった。



 それからというものの、モエリは毎日のようにカジローのもとへやって来ては、一方的に話しかけていた。


「おはよう無相くん!今日は天気がいいね!」

「昨日買ってきた本、すごく面白くてさ!感動したよ!」

「無相くん、一緒にお昼ご飯食べよう!」


 そんな風に話しかけるものだから、当然、クラスメイトたちも注目するわけで。


「有形さん、また無相のところに行ってるよ」

「エモちゃん、飽きずに頑張るねー」

「まあ、あれはあれで面白いけどな」


 などと、2人のことを温かい目で見守ったり、あるいはニヤニヤしながら話す者がほとんどだった。


 当の本人であるカジローはというと、そもそも周りのことなど全く気にしていないので、モエリの行動を気にかけることはなかった。


「……おう」

「また来たのか……」

「……ああ」


 のような感じで、適当にあしらう日々が続く。


 だが、ある日のこと。


「無相くん!今度の日曜日、空いてる?」


「別に予定はないが」


「じゃあ一緒に遊びに行こうよ!これは決定事項だからね!!」


(……やれやれ)


 モエリの提案に、カジローは心の中でため息をついた。

 彼女の誘いを断ることはできたけれど、それをすると後々面倒になりそうだったので、仕方なく了承することにしたのだ。


(まぁ、疲れたら適当な理由をつけて帰ればいいか)


 カジローはそう考えて、モエリと一緒に出かけることにしたのだった。

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