第8話 PHS



 昔、通話無料とかアプリなんか無かったから、携帯と話し放題PHS?(WILLCOM)の二台持ちをしていました。


 で、当時付き合っていた人とWILLCOMの方でよく話してたんですが、一緒に住むにあたって、出番が減ったそいつは家に放置され気味になったのです。


 その頃、私は都内のレストランで働いていてました。相手も職場が都内だったのですが、私の仕事が終わるのはいつも終電一歩手前なので、ほとんど一緒に家には帰れませんでした。


 その日はたまたまお客様が少なくて、早上がりできました。


 品川で待ち合わせをして2人で電車に乗って、走りだして30分くらい経った頃です。携帯が鳴りました。


「あれ? Aだ〜。どうしたんだろ」

「A? 珍しいね」


 私達の共通の友人のAからでした。こそっと小声で電車の中である旨をAに告げ、おりたら掛け直すと伝えました。

 電話越しの声は、どこか戸惑いを感じさせるものでした。


 自宅の最寄りに着き、すぐに掛け直しました。どうしたの〜? と訊いたら、Aに開口一番お前こそどうしたのかと問われました。


 事情をきくと、私のWILLCOMの番号から連絡があり、すごく沈んだ声で元気かと尋ねられたとのこと。

 心配になったAは、何かあったかと尋ね返したけれど、すぐに切れてしまったそうです。WILLCOMの方で出なかったので、携帯へと掛け直してみたのだと言います。


 私は仕事をしていたし、その後は2人でいたし、電車の中だったしWILLCOMは家だし何よりかけた覚えなんかないしでわけが分かりませんでした。


 急いで2人で家に帰って、“鍵を開けて”部屋に入って充電器に刺さりっぱなしになってるPHSを拾いました。発信履歴を確認したら、一番上にAの名前なんてない。


 でも。


 20件履歴表示されるはずが19件しかない。発信履歴が19件。そんな少ないはずがない。

 誰かが、消した?


「あ」


 そして気づいた。

 私達は鍵を開けて家に入った。


 履歴を消した誰か、まだ家にいる?

 だって外からどうやって鍵をかけるんでしょう。ぱっと見窓は全部閉まってるし。


 私は声が震えないように気をつけながら恋人に言いました。


「……アイス、食べたくない? 明日休みだしいいよねぇ」

「え? あ! ……う、うん」

「コンビニ行こ」


 恋人は一瞬怪訝な顔をしましたが、すぐにはっとした顔になりました。ちらっと目配せして、頷きあい、車の鍵を掴んですぐに家を出ました。




 ずーっとドライブしてファミレス入って朝になってから戻ったんですが、慎重に入った家には誰もいなくて2人で安心して爆睡しました。



 あれは、なんだったんだろう。

 今でも時々、仕事用のPHSを見ると思い出すのです。

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