第3話 ライダーと山

 

 バイクの免許を取ったばかりの頃のことです。ある日自分一人で遠出してみようと思い立ちました。当時私は神奈川に住んでいて、静岡なら隣だし行きやすいんじゃないかと考えたんです。


 静岡と言えば浜名湖。浜名湖と言えばうなぎパイ(個人の感想です)。浜名湖まで行ってうなぎパイを買おうと出発しました。


 当時乗っていたバイクはセル(ボタンでエンジンがかかる)無しで、キックスターター(キックペダルを蹴り下げる事でエンジンがかかる)のみでした。エンストしないかどきどきしながら、一路R246を走り出しました。


 勿論土地勘なんてありません。自分で長距離を運転したことさえ今までなくて、なんなら神奈川県と静岡県はそっくりな形をしているなあと思っていたくらいです。


 バイクなら行ける、という根拠のない自信で、楽勝で浜名湖に着くと信じていました。でも日がとっぷり暮れて他の車のテールランプが眩しくなっても浜名湖のはの字も無い。慣れない運転で膝はがくがく、緊張で背中がちがち。ふと道路標識を見ると恐らくまだまだとんでもない距離です。私は左に曲がれば熱海という誘惑には勝てず、とうとうウインカーを点滅させました。

 熱海まで行ったらなんとか宿を見つけよう、なんて考えながら。


 道は、どんどん細くなりどんどん山へ向かっているようでした。

 腕時計が示す時間は既に21時。前後に車はいない。何個かトンネルを過ぎると何時の間にか霧が出て、ヘッドライトがぼんやりと白い景色を照らしていました。


 最悪の考えが浮かびました。

 山の中、バイクの傍で野宿。


 当時はひよっこもひよっこライダー。カーブの時の目線(なるべく遠くを見る。手前を見るとバランスを崩す)も危うくて時速30~40㎞の超低速で走るしかありません。相変わらず霧の中車は来なくて自分のバイクのエンジン音だけが山の中響いていました。

 

 緊張でガチガチで走っていたらチラっとミラーに何か映つりました。


 霧の中、ぽうっと丸いライトが1個、私の後ろにいました。耳を澄ませると自分のじゃないエンジン音がする。トンネルに入るとよりハッキリと鼓動が聞こえる。その安心感といったらありません。誰かいる。しかもライダーがいる。もしエンストしてもひょっとしたら助けてもらえるかもしれない。


 誰かは、車間距離を開けてずっとついてきてくれました。カーブでスピードが落ちても一定距離を保ってくれて、でも確かに傍にいる。


 熱海の街中の明かりが見えた時、もしも抜いていくことがあったら手を上げてお礼を言おう! そんな風に思ってミラーを見たらもうヘッドライトの光はありませんでした。分岐なんてなかったはずなのに。


 宿は無事に見つかりました。親切な女将さんの民宿に素泊まりで泊めてもらえました。



 ところで、私は時速30~40㎞で走っていました。

 大型バイクに乗る今だからわかります。山道で追いついてきたライダーが原付並みのスピードで走っている私を追いこさない訳はありません。だから敢えて後ろにいたという事になります。


 霧の中、何十分も。

 それは何故?


 今では、見兼ねた何モノかに助けてもらったんじゃないかって思うようにしています。


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