第2話 だって可愛いかったんだもの。


 大学の頃、4年間付き合っていた人がいました。

 もう一目ぼれで大好きだったわけなんだけど、難点が2つ。1つ目はすっごく俺様(でもそこが可愛い)なところ。2つ目は、料理がかなり独創的(でも一生懸命作ってくれる)なところでした。


 俺様なところはまぁいいんです。可愛いから許される。問題は料理で、鶏肉のソテーに火が通ってなかったり(完食/相手は食さず)、ソースと共にとろける口どけの良いパスタだったり(完食できなかった/相手は食さなかった)……作った料理にまつわる伝説はいっぱいありました。

 毎年夏に食中毒になったのはご愛嬌です。


 大学3年生の頃。

 土用の丑の日に鰻食べるから帰っておいでと親から連絡がありました。私は土曜日に家に帰り、日曜日の丑の日に備えることにしました。で、前日の金曜日に恋人のところに泊まってゲームやったり本読んだりして幸せにすごしていたのです。

 その時の夕飯は、カレーでした。

 美味しいカレーでした。

 

 次の日、寝起きの悪い私が起きる前に、恋人は2日目のカレーでカレーうどんを作ってくれました。嬉しかったから完食したんだけれど、ちょっとだけ味に違和感があったような気がしました。

 実家に帰る為にさよならして電車乗って、2駅くらい経った頃未だかつて経験したことのない眩暈と吐き気と腹痛に襲われました。


 一駅ごと降りてはトイレに行って吐くに吐けず、猛烈な気持ち悪さにひいひいしながら揺られること30分余り。表参道までなんとかたどり着いたけど、ホームに降りてベンチに座ったきりとうとうピクリとも動けなくなったのでした。身体が体内に入った何かを必死に拒否して出そうとしてるみたいで、滝のような汗がぼたぼた滴って、足元に水たまりができました。文字通りの水たまりです。服はぐっしょりと濡れて、冷えて更に気持ちが悪くなりました。


 救急車を呼んでほしかったけど駅員さんは気味が悪そうに遠巻きにして寄ってきてくれなくて、でも全く動けない。死ぬかも……と思うくらい苦しかった。もう絶対カレーがヤバいあれしかないと思ったから手探りで携帯を探して、恋人にかけました。遅いかもしれないけど食べないでって言おうと思って。


「もしもし、あ、あの、さ。カレー……悪くなってるから、ぜったい たべ  ない  で」

「え? 危なそうだったから食べてないよ? 蓋開けたら白い膜が張ってて糸引いてたの。でも火にかけたら消えたから大丈夫かと思って出したんだけど、ダメだった?」

「あ……あぁ……ああ、食べてないならいい」


 その後、今度は実家に電話をかけて一駅一駅でも良いからなんとか地元まで戻ってこいと言われ、ほとんど倒れるぎりぎりな感じで帰りつきました。脱水だし毒気に酷くやられていたし、即点滴治療で鰻なんてとても無理だったなあ。


 あの時は本当に死んじゃうかと思ったし、それからカレーが何年も食べられなくなった。その後、恐らくウェルッシュ菌という嫌気性菌が繁殖して毒素を出していたんじゃないかって事が分かり感慨深いものがありました。


 うん。

 思い返しても不思議とあまりダメージは無いんです。


 だってこれ、恋は盲目というやつですもん。

 ウェルッシュ菌がどんなもんじゃい。

 鰻がどんなもんじゃい。

 私のご飯を、恋人がわざわざ作ってくれたという事が尊いのです。私だけ腐ったカレーを食べていた事実なんて、きっと瑣末な問題です。

 

 可愛さはすべてを凌駕する。

 若さって怖いわぁ。










 あ、誤解の無いように言うと、ちゃんと私もご飯作っていました。レシピ見ながら作ったよ!

 当時ベタ惚れだったあの人は元気にしているのかしら。食中毒になっていないといいな。

 

 

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