第44話
僕は浜田さんの後に続いて、しばらく畦道を行く。優馬くんの自転車はカゴ付きで、僕が普段乗っているものと同じということもあり、非常に乗りやすかった。しかし、もうさっきみたいなことを起こさないようにと、運転に神経を尖らせる。
僕と浜田さんは黙々と自転車を漕いだ。そもそも僕が浜田さんと会う時は必ず優馬くんがいて、二人きりになると気まずさが残る。と、そんなことを考える暇もない。浜田さんは優馬くんが僕の代わりに残ったので、気兼ねなくスピードを出している。
こんなことを言っては失礼かもしれないかもしれないけど、それはもはや女子の身のこなしではない。僕は自転車を傷つけないようにしつつも、浜田さんについていくことで精一杯だった。息も上がっててきている。
前を走る浜田さんも肩を上下させているので、余裕がないのは明らかだった。でも浜田さんは速度を緩めるどころか、どんどんペダルを漕ぐ足を強めていく。
そこから浜田さんの気持ちが伝わってきて、自然と僕も速度を上げる。呼吸が乱れて、口の中は鉄の味がし始めたけれど、なんとか浜田さんに食らいついていた。
そうしていると、学校が見え始める。と言っても、暗い夜道にシルエットが浮かぶだけだった。しかしそれは近づいていくにつれ、はっきりと姿を現し始める。
夜の学校は、昼とはまるで違う顔を持っていた。周囲に何もないこともあってか、どこか不気味な魔城のような雰囲気を纏っている。
僕たちは正門までやって来た。レンガで作られた壁に、学校名の入った黒いプレートがはめられている。浜田さんが自転車から降りて、そのプレートを通り過ぎ、正門の前に立つ。
その時だった。浜田さんの顔が、かすかな光に照らされる。すぐに、敷地の中から声がした。
「誰かいるのか?」
そして、誰かが走って門のほうへ向かってくる足音が聞こえてきた。僕は壁からわずかに顔を出して、光のする方を確認する。すると、警備服を着た初老くらいの男性が懐中電灯を持ってこちらへ向かって来ていた。
浜田さんはもう完全に見つかったようだ。僕がどうしようかと、身を屈めたまま考えていると、浜田さんが囁く。
「ここで私が引き留めるから、久保は裏門に回って」
「でも………」
と小さな声で反論しようとすると、浜田さんは食い気味に返してくる。
「もうこっちに来る。早く!私はまだ、凪沙からもらったものを何も返せていないの!」
そう言って、体の後ろで僕を追い払うジェスチャーをした。
「ありがとう」
僕は声を顰めて言うと、自転車ごと身を翻し正門を後にする。直後に、
「君、こんなところで何してるの?ここの生徒さん?」
と警備員の優しい声がした。
「あのー。私どうしても持って帰らないといけない教科書を、教室に忘れちゃったの」
すると、浜田さんが答える。その声は耳を疑うほど、甘い口調だった。僕は思わず、ちらっと振り返る。すると、浜田さんは頬を赤らめていた。
それをみて僕は、自転車を押す手を強める。あんな浜田さんの声を初めて聞いた。きっと本人もほとんど使ったことがないだろう。でも彼女は恥ずかしい思いをしてでも、時間稼ぎをするつもりらしい。確かにあんな声で見上げられれば、かなり気を引くことができるだろう。
そんな行動を瞬時に取れてしまう、大胆さに僕は敬服した。今の僕には絶対にできないことである。
もう一度、心の中でありがとうと言っておく。
そこで裏門にたどり着いた。自転車を敷地内からは見えないところに停めておく。そして音を立てないように注意しながら、鉄製の門を登る。
敷地内に着地するとすぐに体育館があって、その裏側をぐるっと回り、渡り廊下に身を潜めた。そこから正門の方を覗くと、懐中電灯の光はまだそこにあって、しばらく動きそうにない。他に警備員もいないようで、僕は意を決して、身を屈めながら駐車場を横切り僕たちの教室がある校舎の昇降口にたどり着いた。
戸締まりがされているだろうと思ってダメもとで扉を引いてみると、それはあっさりと開く。暗い下駄箱が、僕を迎え入れてくれたのだった。
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