第41話

 新幹線のデッキ。その隅で僕は壁にもたれかかりながら、スマホを開く。

 桜井さんのマンションからタクシーに乗り、さらに新幹線まで利用してしまった。いくら彩花さんがお金持ちだからといっても、もうちょっと節約すべきだっただろうか。いや、今回はお金よりもスピード重視だ。僕は五百木さんのことに集中しなければならない。きっと彩花さんも文句なんて言わないだろう。

 車内の席はそれほど混雑していなかったが、僕は通話をすることもあるかと思って、デッキの隅で壁にもたれかかるようにした。

 汗の滲んだ手で、LINEを開く。そして優馬くんとの個人チャットをタップした。前にした他愛もない会話が浮かび上がる。

 僕は手を震わせながらも、文章を打ち込む。内容は、五百木さんの家へ言ってほしいというものだ。

 メッセージが完成すると、それを何度も確認する。気を悪くさせるような言葉はないか、誤解されるような表現はないか。気にし出したらキリがないと分かっていても、自分からメッセージを送ることが久しぶりすぎて、送信ボタンまでが遠かった。

 しかし、今は時間がない。デッキにある扉の窓から外を眺めると、高速道路とは比べ物にならないほど速く防音壁は流れていく。それが不安を掻き立てた。僕は五百木さんを助けるためなら嫌われても構わない、と覚悟を決める。そして、青い紙飛行機のボタンを押した。

 するとすぐに既読がつき、優馬くんから浜田さんを誘って五百木家を訪ねてみるといった旨の返信が届く。

 僕はありがとうと告げて、胸を撫で下ろした。

 そのとき、スマホが軽快な音と共に振動する。誰かからメッセージが来たようだ。流石に優馬くんはまだ五百木家に着いてないはずだ。

 誰だろうと思いつつ再びスマホを開くと、着信は母親からだった。行きの車で送った、夕食いらないの報告に対する返信が来たのだ。「了解」と2文字だけがポンと送られてきている。僕は既読だけつけて、スマホを閉じようとした。

 しかし、そのタイミングでもう一件メッセージが届く。母親は「がんばれ!」と送ってきた。

 僕は五百木さんのことを一切母親に話していない。しかし、母はある程度察していたようだ。このメッセージがその証拠だろう。僕はまだ、この母の気遣いをありがたく受け取るほど素直にはなれていないけど、それでも心は軽くなった。

 それから時間が経ち、これからどうしようかと考えていると、再び携帯が振動する。LINEを開くと今度は優馬くんからの返信だった。

「凪沙、家にいないみたい。凪沙のおばあちゃんに聞いたら、ぐったりした様子で何も言わず出てったらしい」

 それを聞いて、心臓の拍動が激しさを増していく。まずい。急がなければ、五百木さんが死んでしまう。

 僕は優馬くんへ返信した。

「ごめん。五百木さんの家周辺を探してくれないかな?」

 するとまたすぐに既読がついて、

「任せろ」

 と帰ってくる。そして僕は、壁にもたれかかるのをやめて必死に頭を働かせた。もし五百木さんが最後の場所を選ぶとしたらどこにするだろう。

 そうやって思考を進めた。

 五百木さんは桜井さんの後を追おうとしている。なら、桜井さんと関連がある思い出の場所……。青空公園だ。

 五百木さんの部屋に飾られていた、僕の青空公園の写真が脳裏に浮かぶ。五百木さんは、青空公園が桜井さんとの思い出の場所だと言っていた。

 そこで携帯を開き時間を確認すると、駅に着くまであと十数分になっている。僕は優馬くんたちに青空公園の場所を伝えるより、自分が行った方が早いと判断した。いや本当は、自分が行かなければいけない気がしていたのだ。だから、LINEを開いたものの連絡しなかった。

 代わりに、僕は画面をスクロールしていく。そして、久しぶりに遼との個人チャットを開いた。

 最後のメッセージはもう何年も前に送られたものだ。そこに僕は、新しい文章を打ち込んでいく。不思議と、緊張はしなかった。考えるよりも先に、指が動いていく。

「突然申し訳ない。確かに僕は素直じゃなかった。そしてこれからも、常に素直でいることはできない。でも、今だけはありのままに話したい。僕は遼のことを嫌いだと思ったことはないし、ずっと感謝してる。遼と離れてからずっと寂しかったし、このままずっと仲違いしたままじゃ嫌だと心の奥でずっと思ってた」

 僕は躊躇ってしまえば、一生この想いを伝えることができない気がして、文章を打ち終えると同時に送信ボタンを押す。

 するとすぐに既読がついた。

「唐突だな」

 と一言帰ってきた後間が空いて、次のメッセージが送られてきた。

「じゃあどうして俺を避けた?」

 その答えはもう分かっていた。ずっと考えていたけれど、目を逸らしてきたことだ。僕はまた素早く指を動かす。

「僕はずっと平凡で波風のない人生を送りたいって言ってきた。でもそれは本心じゃない。僕はただ傷つくのが怖かっただけだ。遼を避けたのも、遼に嫌われたということを実感することを恐れていたからだよ。本当に自分勝手だったと思う。ごめん」

 また既読はすぐについた。しかし、返信が返って来ない。きっと内容を考えているのだろうと分かっているが、この間がもどかしく居心地が悪かった。

 少しして、長めの文が返ってくる。

「謝るな。素直じゃなかったのは、俺も同じだ。お前がチケットを譲って欲しいと頼みに来た時も、俺が金を返しに行った時も、俺はお前のことが嫌いだと言った。その時は、本当にお前のことが嫌いだと自分でも思っていた。でも、気づいたんだ。俺が家に帰った時、寒い中ずっと待っていたお前を見て、俺は少し嬉しかった。俺もお前から拒絶されたという事から目を逸らしたかったんだ。だから、お前を嫌いになったと信じ込もうとしていただけだった。そして、素直じゃないと分かっていても変われない自分が嫌で、苛立ちをお前にぶつけてしまった。こっちこそ、ごめん」

 一通り文章を読んで、感じたのは嬉しさだ。ずっと胸の中に突っかかっていたものの一つが取れた。

 僕たちはずっと、自分の想いを素直に伝えなかったから、お互いに相手の気持ちを読み間違えてすれ違っていただけだったのだ。

 僕はデッキの中で一人、ガッツポーズをする。握った拳から、全身に力がみなぎっていく。

 そしてすぐに、返信をした。

「じゃあ僕たち仲直りってことで良いよね?」

 確認せずにはいられなかった。

「もちろん」

 その言葉に自然と口角が上がった。だが、喜びに浸っている暇は無いことを思い出す。そして僕はすぐに、遼へメッセージを送った。

「じゃあ、いきなりで申し訳ないんだけどお願いがある」

「なんだ?」

「自転車を貸して欲しい」

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