第28話
自分の部屋に入ると、そのままベッドに倒れ込んだ。全身から力が抜けて、体がマットの中に沈んでいく。
スマホを取りだすと、何も意識せずとも指が動いた。
そして気がつけば、検索サイトからあのページを開いている。
『桜井光、引退の理由は熱愛か?』
と書かれたタイトルを、タップする直前で指が止まる。その指をなんとか、電源ボタンに持っていき、画面は暗転した。
そうして、天井を眺める。しかし、そこには何も浮かび上がってこない。
数分も経たないうちに、手は再び携帯へ伸びている。そして、気づけばスマホの画面が顔の上にあった。僕は検索エンジンを開き、今度はタイトルをタップしてしまった。
スマホの画面が記事へ飛んでいく。
そうなるともう歯止めは効かなかった。
「はぁ〜」
僕は諦めたように、ため息をついて、記事を読み直す。当然、そこにはさっきと全く同じ内容が写っていた。
そして、写真も添付されていることに気がついてしまう。
それは暗い夜道で、桜井さんとユーチューバーのケイが腕を組んでいる画像だった。
僕はそれを見て、思わず口を右手で覆ってしまう。
(まさか、本当なのか?)
僕は上体を起こす。首を強く振って、頭から邪な考えを振り払いたかった。信じたくない事実である。
(いや、僕は顔も知らない記者よりも、桜井さんを信じよう)
そう心の中で呟いてみるのだが、自信は持てなかった。正直僕は、アイドルが恋愛をしてもいいのではないかと思う。僕らを照らしてくれるなら、それでいいじゃないかと。いわゆる文集砲をくらうたび、炎上して精神的に追い詰められるのは可哀想だと感じていた。実際に、僕もこの記事を読んでも桜井さんを批判しようとは思わない。
しかし、ユーチューバーのケイは印象の良い人ではなかった。だから、桜井さんを心配しているのだ。
背中から冷たい汗が滲んでくる。何か嫌な予感がした。正体は分からないけれど、この記事はとても悪いことの前兆のように感じてならない。
(いや、そんなことない)
僕はもう一度、首を左右に強く振る。ホワンホワンと変な耳鳴りがして視界がくるくると回り始めるほどに。
そして僕の指は意志に反して、画面をスクロールしていく。現れたのは、コメント欄だ。そこに書き込まれているのは、悪意を背負った言葉ばかりだと分かっている。それでも、どこかに自分の意見を肯定してくれるような、この記事を否定してくれるような、桜井さんへの愛で溢れたコメントがある気がして、画面を動かす手は止まらない。
しばらく狂った機械のようにコメントを読み漁っていたが、やがて力尽きた。スマホを投げ出し、再び全身をベッドに委ねる。
求めていたような意見は一つもなかった。それどころか、コメントをした人を批判するような書き込みばかりだ。桜井さんの批判ならまだしも、他人の揚げ足をとったり、難癖をつけたりして何が楽しいのだろうか。
時間を無駄にしたという後悔だけが残り、僕はまた深く溜息を吐いた。両手を胸の上で合わせるようにして、心の中で祈る。
(どうか、桜井さんがこんな記事を読みませんように)
それと同時に目を瞑ったら、気づけば眠りに落ちていた。
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