第27話
五百木さんの部屋の前で、この前現像した青空公園の写真を眺めた。
廊下には窓が少なく、薄暗いにもかかわらず公園の瑞々しさが伝わってくる。僕は、それを裏返した。そこには、文字が書いてある。昨夜、部屋で心臓をバクバクさせながらマジックペンを握ったことを思い出す。
「五百木さん」
僕は呼びかけた。
「なに?」
すると、相変わらず明るい声が帰ってくる。
「見て欲しい写真があるんだけど、ドアの下から渡していい?」
僕はそう言うと、ちゃんと「良いよ」という返事を待ってから、ドアと床のわずかな隙間に写真を滑り込ませた。腕の震えが、写真に伝わる。
すぐにドアの向こう側で、五百木さんが受け取ってくれた感触が伝わり僕は手を離す。
写真が部屋の中へと吸い込まれていった。
すると、直後に、
「あっ、懐かしい〜」
と言う声が帰ってくる。
「えっ、青空公園、知ってるんですか?」
僕はつい笑顔になって、わずかに興奮したように言った。
「知ってるよ。お姉ちゃんも大好きな所で、小さい頃はよく一緒にいったな〜」
そう言われて、僕は向かいにある部屋にちらりと視線を送る。そこは、五百木さんのお姉さんが東京に出ていくまで使っていた部屋で、掃除はしているがそれ以外はなにも変わってないらしい。
「写真の裏を見てください」
少しして、僕はそうやって言った。意を決して冷静に告げるつもりだったが、やはり声はうわずってしまう。
「えっ、本当に?」
写真を裏返したのだろう、五百木さんが驚く声が漏れ聞こえた。嬉しさなのか緊張なのか、とにかく、僕の心臓は破裂しそうだ。自然と口角が上がって、ニンマリしてしまうのを抑え切れない。
「もちろん。なんとか卒業コンサートのチケット入手できたから、よかったら一緒に行きませんか?」
僕は写真の裏に書いたのと同じ内容を口にした。五百木さんからの返事を待つ一瞬の間が、永遠に感じられる。全身から湯気が出るような熱気が上がっていた。普段は神様なんて信じてないのに、それでも縋るような心地で目を瞑る。イェスでもノーでも良い。早く答えが欲しかった。
その時である。
「行きたい」
ぽつりと一言、発せられた言葉はそれだけで僕の全身を浄化させた。太陽の角度が変わったようで、夕陽が窓から綺麗に入り込み始める。それは、暗かった僕の視界の先を明るいオレンジ色に染め上げて行ったのだった。
帰り道。もうおなじみになってきた竹藪の中を、舞い上がりそうなほど軽い足取りで自転車を押して進んでいた。
幸せを体全体で表現してるような感覚だ。
もうあたりは暗くなりつつあったが、僕は青空公園へ左折する。この公園が、五百木さんをライブに誘う手助けをしてくれた。だから僕は、感謝の思いを心の中で告げる。
丸太のベンチに腰掛けて、僕はなんとなくスマホを手に取った。しばらく、桜井さんの情報をシャットアウトしていたが、今なら見れる気がする。
そうやって、ブログでも検索しようかと思ったときネットニュースが目に入った。
『桜井光、引退の理由は熱愛か?』
と題されたそれを、無意識のうちにタップする。すると、桜井さんが男の人と腕を組んでいる写真が出てきた。記事によると、その男の人はユーチューバーのケイらしい。名前は聞いたことがある。
さらに、下にスクロールしていくとコメント欄が現れた。
発散させられる悪意。湧いて出る偽善。的を得ない批判。
チラッと見るだけで、相当荒ていることが分かった。僕は気分が悪くなり、すぐに記事を閉じる。
もう一度、検索画面に戻って桜井さんの名前を打ち込むと炎上という言葉がサジェストされた。
僕はただ振り下ろす先のない怒りを抱えて、公園を出る。
沈みかけの太陽が、後ろから背中を照らし、僕の歩く先に影ができた。
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