第17話

 コンビニを出ると、あたりはコンビニから漏れる光以外何もない、闇だった。東京でも、住宅街になるとこうなのだ。田舎にいる頃は想像もしなかった。

 桜井光は、さっき買ったカレー味の肉まんで両手を温めながら家に向かって歩き出す。ため息をつくと、それが真っ白に変わった。今年初めての白い吐息かもしれない。

 すると、気配を感じて背中がゾッと冷える。慌てて振り返ると、視線のようなものを感じたが、そこには誰もいなかった。

 気のせいだと言い聞かせて、もう一度歩き出す。

 夜道にトンッ、トンッと自らの足音だけが響いている。

 もうヘトヘトだ。今日は一日中テレビの収録があって、深夜にはラジオパーソナリティーの仕事があった。それらは決してつまらないわけではなく、むしろ楽しいと思う。でも、最近はやりがいを感じられなくなった。

 昔から自分はどんな仕事も全力でやってきた自信がある。そして、以前はファンのみんなもそれを好意的に捉えてくれていた。でも最近は、世間の批判が目立つようになってきている。

 マネージャーさんは、批判が増えるってことはそれだけ売れたってことだよと言ってくれたが、納得できてない自分がいた。

 そしてやりがいを見失ってから、疲労を感じることも多くなったのだ。同じケアをしているはずなのに、体が思うように動かず、声も出ない。

 そんな状況が一年ほど続いて、いろんな人とたくさん話し合った結果、引退を発表した。それでも、本当によかったのかと思う。本心では、もっとやりたいと考えている自分もいた。昔からずっとアイドルに憧れていた。せっかくここまで来たのに、辞めるには早すぎるのではないか。

 そのとき、後ろから肩を叩かれた。

「きゃっ」

 思わず、持っていたカレー味の肉まんを落としそうになった。振り返ると、センター分けにセットした髪、両耳のピアス、そしてジャラジャラした金のネックレスが暗い道に浮かび上がっている。

「あっ、お久しぶりです」

 桜井は顔を見て、そう言った。そこにいたのはユーチューバーのケイだ。以前テレビ局の廊下ですれ違い挨拶をしたことがあった。

「よ〜」

 ケイは焦点の会わない目で、桜井の後ろあたりを眺めている。かなり千鳥足で、お酒の匂いが不快だった。

 桜井は嫌な予感がして、さっさと話を切り上げて帰ろうと思う。

 しかしケイは桜井の二の腕をがっちりと掴んで言った。

「今から撮影なんだよ〜。付き合ってくれよ〜」

 彼はもう片方の手に高そうなビデオカメラを構えている。最近はユーチューバーが芸能界に入ってきたり、その逆もあったりと境界線が曖昧になってきていた。そのため、桜井は業界の人からケイの良からぬ噂を聞いたことがある。

 昔から過激な動画が人気を博していたケイだったが、それこそ芸能人のユーチューブ参入などもあり、再生回数が伸び悩んでいたようだ。そのせいで、動画の内容はより激しさを増し、そしてプライベートでは薬物に手を染めたとか染めてないとか……。

 そんなことを思い出し、恐怖を感じた桜井は強引にケイの手を引き剥がそうとする。だが、ケイの手は硬直したように桜井の手を掴んで離さない。

 さらにケイは、横に並んで腕を組むようにしてきた。彼の顔が真横にある。

「ねぇ、今から楽しいことしない?」

 酒臭い息が、耳を撫でる。全身にゾッと鳥肌が立った。心の底から身の危険を感じた桜井は、ケイを突き飛ばし、なんとか絡まった腕を解いてその場から走り去った。

 幸いなことに、ケイは追いかけるほど力が残っていなかったようで、夜の闇に取り残されるようにその場に座り込んだ。

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