第9話

 エンドロールが終わり、照明がついた。一気に空気が緩む。僕もやっと緊張から解放された気がした。もう腰の痛さが限界に達している。

 『光とは……』は、それほど面白い映画ではなかった。桜井さんの演技は、素晴らしいと思う。それはアイドルの域を超えていた。

 僕は印象的なシーンを思い出す。

 夕陽に染まるビルの屋上で、桜井さん演じる女性が言う。

「みんな私の努力を知らない。何をしても、才能があっていいねと言うだけ。私の苦しみを、悩みを、誰も認めてくれない……」

 その時の桜井さんの表情は、切なくて哀しくて怒りを含んでいた。でも、涙は流さず遠くを見つめて、どこか諦めてしまったような翳りもある。

 普段の桜井さんでは見ることができない側面だった。それは、桜井さんではなかった気さえする。それほど、彼女の演技には目を見張ものがあった。

 でも、脚本は気に入らない。不可解な点が多すぎるし、見る人に不親切で、展開も強引だと感じるところがあった。

 後ろの席に座っている大学生のグループが、

「マジでおもんない」

 と言っているのが耳に入って、気まずい。五百木さんはどう感じたのだろうか。彼女も途中、腰が痛くなってきたのか、何度も姿勢を直していた。ということは、面白いとは思わなかったのかもしれない。

 でも僕は総合的にみて、良かったと思う。いい体験ができた。少し、胸が軽くなったようにも感じる。

 五百木さんはまだ、暗くなったスクリーンを見つめていた。

 僕は何を言っていいのかも分からず、立ち上がって帰る準備をした方が良いのかどうかもはかりかねていた。微妙な空気が流れている。

 中学生の頃も、二人きりで映画にきたことはあった。細貝遼。そいつは野球部の男くさい奴だが、親友だった。僕の生涯で唯一できた、なんでも話せる友達だったと思う。当時は、遼と気まずくなることなんて想像もできなかった。

 だがそれは現実になったのだ。

 あの淀んだ教室の雰囲気を覚えている。目が合うとすぐに、どちらからともなく、目を逸らすのだった。トイレですれ違っても、お互い気づかないふりをする。そんなことが続き、気づけば、話かけるきっかけを失っていた。

 原因は…………僕が悪いのだ。

 そのとき、五百木さんが立ち上がった。

「ごめんね、ちょっと考えごとしちゃってた」

 申し訳なさそうな顔で、こちらを覗き込んでくる。

「ううん。大丈夫だよ」

「ほんと?」

 そう言うと、彼女はほっとしたように荷物をまとめ始めた。

 スクリーンを出て、ポップコーンの容器を外で待っていたお兄さんに渡したところで五百木さんが、聞いてくる。

「映画、どうだった?」

 五百木さんは、不安そうな上目遣いで僕の目を覗き込んだ。

 その一言で僕は、彼女が僕と同じ感想を持ったのだと確信する。映画はあまり面白くなかった。でもお互いの推しが主演の映画だから、正直につまらないと言えば相手を傷つけてしまうのではないか。五百木さんはそんな気遣いから生じた、表情をしていた。

「桜井さんの演技が上手でびっくりした」

 僕があえて脚本には触れず、よかったことだけをピックアップすると、彼女はほっとしたように笑顔を弾けさせて、

「だよねっ!私もびっくりしたよ」

 と、でき過ぎた明るい声で言う。僕は今日、五百木さんのことを少しだけ理解できた気がする。彼女は別の世界の人だと思っていた。明るくで誰にでも平等に優しく、常に笑顔な人。でも、違ったんだとわかった。

 そして少し、彼女に親しみを覚えたのだった。

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