第8話

 僕は券売機の近くにあるベンチに腰掛けている。五百木さんはトイレに行った。手の上にあるチケットが、別世界のものに思えてくる。本当に二人で映画を見るのだろうか。

 正直に言うと、『光とは……』を観れるのは嬉しいが、誰かと一緒だと緊張してしまう。ましてや女子と、しかも五百木さんとだ。彼女は気にしてないのだろうか。

 そこで顔を上げると、券売機の前であたりをキョロキョロと見回しているおばあちゃんがいた。機械の使い方が分からないようだ。しばらく待ってみても、誰も助けてあげる人がいないみたいである。仕方なく僕は立ち上がった。

「どうしましたか?」

「私ね、この映画がみたいんです。けど、チケットの買い方が分からなくて」

 そうやって指さされた映画は『光とは……』だった。

「僕がやりますよ」

 そう言って、僕が画面を操作する。

「席はどこにしますか。こっちがスクリーンです」

「じゃあ、こことここでお願い」

「分かりました」

 二人分のチケットを買うと言うことは、もう一人誰かと来ているのだろう。そんなことを思いながら操作を続ける。彼女からお金を受け取り、それを機械に入れた。少しして、代わりにチケットが吐き出され、それを手渡す。

「本当にありがとうね。助かったわ」

 お婆さんが、ニコッと微笑む。すると、後ろから声がした。

「お母さん。どうしたんですか?」

 振り返ると、背の高い女の人が立っていた。その凜とした姿勢と、キリッとした視線に僕は思わず萎縮してしまう。

「あぁ、彩花。この子にチケット買うのを手伝ってもらったのよ」

 おばあちゃんが女の人に向かって言う。どうやら二人は親子みたいだ。女の人は40代のようだが、とても美しかった。それも化粧や衣服で誤魔化していない、体から溢れ出たオーラのようなものがある。

「そうですか。ありがとうございます」

 彩花と呼ばれた女の人が、僕に向かって言う。そのときの顔も、清らかな表情を崩さない。僕は言葉が出ず、ただ頭を下げる。

 すると彼女はおばあちゃんの手を引いて歩いて行ってしまった。

 少しして、開場のアナウンスと同時に五百木さんが戻ってきた。五百木さんはなぜか、頬を膨らませており、

「さっきトイレで、会いたくない人に会った」

 と言った。だがすぐに表情を切り替えて、

「よし、開いたみたいだから、中入ろっ」

 と先に進んでいく。僕も、後に続いた。

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