第5話
禿頭の数学教師が、時計を確認して言った。
「はい。それでは時間なので今日の土曜課外はこれで終了します。復習を忘れないように」
その一言で教室の緊張が一気に開放された。ふと教室を見渡すと、のびをする生徒や、さっそく談笑を始める人もいれば、まだ居眠りを続けている強者もいる。なんだか青春ぽいなと一歩引いたところから、その状況を眺めている自分が嫌だった。
だが今日はそんなマイナス思考に囚われている場合ではない。時計を見ると針は11時半を指していた。すぐにスマホを取り出し、この街にある唯一の映画館の上映スケジュールを確認する。昼食を取ってダッシュで向かえば、1時からの映画にぎりぎり間に合うはずだ。
僕は携帯の日付をもう一度確認する。10月22日、土曜日。
何度見ても間違いなかった。今日は桜井さんが主演の映画『光とは……』の公開日だ。
胸が躍るとはまさにこのことを言うのだろう。心臓が外に出たがっているかのように暴れている。僕は今ほど時間を飛ばしたいと思ったことはなかった。上映までの数十分が、もどかしくて仕方ない。
そのとき、横から優馬くんの声がした。
「久保も行くか?」
僕は何を言っているのか分からず振り返った。
すると、浜田さんと五百木さんもこちらを見ていて、慌てて視線を外す。
「ごめん、聞いてなかった。どこに行くの?」
優馬くんは自分たちの会話が僕の耳にも入っていたと思ったようだ。
「カラオケ。今から夏希と凪沙と俺で行くんだけど、久保もどう?」
優馬くんが優しい声で言う。きっと彼は気遣いで言ってくれたんだ。クラスに馴染もうとせず、友達を作らない僕を助けようと誘ってくれたのだろう。
でも僕は、映画に行きたかった。
今日がなんでもない土曜日で、わざわざ学校に来て課外を受け、ようやく勉強から開放された瞬間なら「うん」と言っていたかもしれない。
だけど今日だけは断らなければ。素直に言えばいい。
「ごめん、今日は予定があるんだ」
と。さらに、
「この前話した、アイドルの桜井さんが主演の映画が今日公開なんだ」
まで言えれば、完璧だと思う。そうすれば五百木さんはすぐに分かってくれるだろうし、優しさを具現化したような優馬くんや、楽しければなんでもOKタイプの浜田さんは無理に誘って来ないはずだった。
それでも、僕の喉が通すことを許可した言葉はこれだったのだ。
「うん。行きたい」
か細い声でそう告げた僕の肩を浜田さんが強めに叩く。
「おぉ。意外とノリいいじゃん、久保ぉー」
僕はなんと返すのが正解か知るはずもなく、ただ肩をすくめて、
「そんなことないよ」
と再び蚊の鳴くような声で言った。
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