第2話

 目を覚ますと、ベッドの側に置いてある時計は10時を差していた。いつもの休日なら二度寝をするところだけど、今日はそういうわけにはいかない。僕は起き上がり、階段を降りてリビングに行く。

「まったく、何時まで寝てるのよ」

 という母の小言を無視しして、朝食のパンを流し込み、再び部屋に戻る。すぐにスマホを取り出してベッドに倒れ込んだ。ギリギリ間に合った。危うく寝坊するところだった。

 そこでスマホの画面が切り替わり、ある女の人が映し出される。

「みなさんおはようざいまーす。桜井光です」

 艶やかな黒髪を今日はポニーテールにしているようだ。いつになく、桜井さんは輝いて見える。彼女はいつもそうだ。いつも、信じられない眩しさで僕を照らしてくれる。だから彼女は僕の推しなのだ。

 スマホの右上に表示されている数字がすぐに1万人を超えた。目まぐるしく数字が上昇していくのを見ても、彼女が国民的アイドルであるのが見てとれる。

「はーい。早速だけど、今日はお知らせがありまーす」

 はつらつとした声で、桜井さんが告げた。彼女は口角をグッとあげ、目を細めるようにして、顔全体で笑顔を作る。それは彼女が心から笑っていることの証明に思えた。

「なんと今日は、私、桜井光の初主演映画『光とは……』の公開5日前です。イェーーい!」

 画面の中で彼女が勢いよく手を叩く。それだけでなく、カメラの奥スタッフさんたちの拍手の音も聞こえてくる。明るい現場なのが見てとれて、僕はまたほんわりとした気持ちになった。

 そこから、彼女は映画撮影の時の話を始めた。

「そう、いろいろ大変なことはあったんですけど、監督さん含めみなさん超フレンドリーで、ずっと笑ってました、私」

 桜井さんはまた、彼女特有の笑い方をする。もう何度、この笑顔に励まされたか分からない。

 彼女の温かい微笑みは、僕の心に落ちた黒い染みを綺麗にすくい取ってくれるのだ。桜井さんがアイドルである限り、僕はどんなに孤独でも生きていける気がする。それくらい彼女は僕にとって太陽なのだ。

「じゃ、みんな今夜10時の新曲披露、忘れずにね。バイバーイ」

 気づけば、30分が経ち、配信が終わる時間になっていた。桜井さんは画面が切れる最後の瞬間まで腕を伸ばし全力で手を振り続けていたのである。

 画面が暗転すると、いつの間にか笑っていた自分の顔が映った。

 僕は立ち上がって、本棚の横にかけてあるカレンダーに向き合う。もちろんこれも桜井さんのグッズだ。日付の書かれた欄の上に、桜井さんが夕日をきらきらした瞳で見つめている写真があった。

 僕は5日後、10月22日の枠内に、「桜井さん、映画」と書き込んだ。

 さらに通学用のカバンの底から、財布を引っ張り出し、中身を確認する。残金は千円札2枚と小銭が少々。高校生である僕は、学生証を見せれば千円で映画が見れる。後5日間、節約して過ごせばチケット代はなんとかなりそうだ。

 僕はもう一度カレンダーにむかい、10月22日をぐりぐりと丸で囲み、なんとしてもこの映画は見るぞと、拳を握る。

 まだ映画の予告すら見てないのに、楽しみで仕方ないと、心が叫んでいた。

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