橋頭堡構築

「前進せよ、反乱軍を撃滅するのだ!」


 士官の号令により、青色の軍服に身を包んだ隊員が瓦礫にまみれになった市街地を前進する。至る所から銃撃音と砲撃によって建物が崩れる音が聞こえ、それを彩るように市民の悲鳴が響き渡っていた。


「第3分隊と共に突入する。ヴィユヌーヴ二等兵とプルジェ上等兵は私について来い、建物内の敵を掃討するぞ!シャリア上等兵とクールナン二等兵は裏口から回ってこい」

「はっ!」


 マリアは小銃に弾を装填しながら、上官の声に応答し、彼が指さす建物に目を向ける。彼女が所属する革命親衛隊独立第57親衛歩兵連隊第82親衛歩兵大隊は、革命親衛隊総司令部による西部出動命令により、7月23日に駐留する共和国中西部ヴァルデール州バルテーニュ市を離れ、共和国国防軍第44歩兵師団と共に南西部ヴェーニュ州の反乱鎮圧へと投入された。


 ヴェーニュ州内へと侵攻した第44歩兵師団及び独立第57親衛歩兵連隊は州制圧の橋頭堡として、サン=ミシェル州との州境にほど近い中規模都市アルセニの攻略を企図。


 第44歩兵師団のうち第36歩兵連隊と第25軽砲兵大隊、そして独立第57親衛歩兵連隊主力がアルセニ攻略のために投入され、8月2日に市街地の制圧が開始された。


 アルセニには反革命側へと寝返った旧国防軍部隊を主体とする反革命軍およそ3000人が籠城しており、彼らは市内各所にバリケードを築き、市民の協力を得て建物内に兵力を隠して行軍する共和国軍に奇襲を仕掛けるなど猛烈に抵抗した。


 これを受け共和国軍は建物一棟ずつ部隊を投入して掃討していくように方針を変更。マリアも第82親衛歩兵大隊第14小銃小隊の分隊員として掃討戦に参加していた。


 分隊長のデュクロ軍曹やプルジェ上等兵と共に煉瓦造りの建物内へと侵入し、一部屋ずつ慎重に探索しながら、反革命軍の兵を掃討していく。手榴弾をドア越しに投げ込み、中に潜んでいた兵士を始末することを繰り返していく。


 最初のうちは戦闘に対して極めて過度な警戒心を抱いていたマリアだったが、隣で歩いていた顔見知りの隊員の頭が飛んで行ってからは、そんな気持ちは吹き飛び、代わって生存に対する強い執着心が芽生え始めた。アルセニ攻略が始まって1週間が経った頃には、もはや彼女に敵を殺すことに対する躊躇というものは消え失せていた。


「1階の掃討は完了いたしました、分隊長殿」

「2階は第3分隊に任せて、我々は3階を制圧する」

「了解しました」


 デュクロ軍曹の号令を受け、マリアはプルジェ上等兵と共に階段を上っていく。途中中隊から送られた増援の第5分隊と共に3階を探索し、1階の時と同じように掃討していく。


 共和国軍による徹底的なローラー作戦によって各建物に拠っていた反革命軍は逆に孤立しており、十分な装備と補給を確保している革命親衛隊部隊にとって彼らを掃討するのはもはや作業も同然であった。


「ここで最後です」

「よし、突入するぞ」

「了解しました」


 デュクロ軍曹が合図をし、プルジェ上等兵がドアを僅かに開けて手榴弾を投げようとする。その刹那――


「助けてください!」


 廊下に響き渡る女性の声に、プルジェ上等兵の手が一瞬止まる。彼は僅かに顔をデュクロ軍曹の方へ動かし、表情で『どうしますか』と彼に問いかける。デュクロ軍曹は逡巡した後、マリアの方を向き、くいっと顎をしゃくる。


(見てこい、と)


 戦場において上官の命令は絶対である。マリアは小銃を構え、ドアに身を隠しながら慎重に部屋の中を覗き込む。


「助けてください!私たちは何もしていませんし、何もしませんから!」


 薄暗い部屋の中には――両手を上げて必死に命乞いの言葉を口にする、2人の男女の姿が見えた。一見したところ武装の類はつけておらず、反革命軍の兵士には見えない。彼らの顔は恐怖と絶望に歪んでおり、まさに『哀れにも市街戦に巻き込まれてしまった不幸な市民』といった様子である。


「……貴方たちの身分は」

「この建物の管理人です。あの兵士たちに脅されて、建物を占拠されていただけなんです!もし助けて下さったら、何でもいたします。ですからお願いです、私たちを助けてください!」

「……」


 マリアは一旦ドアを閉めてからデュクロ軍曹に対してその旨を報告する。部屋にいた2人は一見すると非武装の市民であり、自己申告に拠ればこの建物管理人である。反革命軍の兵士には見えないがどうするか、と。


「……」


 しばらくの沈黙の後、デュクロ軍曹は小さな、しかしドスの効いた声でマリアに告げた。


「……連行しろ。我々は善良な市民を撃つことを許可されていないが、如何なる理由があろうとも悪辣なる共和国の敵を匿った人間を無条件で解放することもまた許されていない。プルジェ上等兵、ヴィユヌーヴ二等兵と共に部屋に入って彼らを確保せよ」

「了解しました。行くぞ」

「了解」


 マリアはプルジェ上等兵と共に再び部屋に入り、顔面蒼白になっている男女に小銃を向けながら近づく。部屋の中にトラップが仕掛けられないか入念にチェックし、男女に対して服を脱いで両手を後ろに回すように指示する。男女はおどおどとした様子で、言われたとおりに服を脱ぎ始める。特に何も出てこないことを確認した後に、遅れて入室してきた第3分隊の隊員らと共に男女の身柄を確保し、マリアは彼らを憲兵隊に引き渡すべく建物を出る。


 ふと建物の方へと振り返ると、既に屋上には青赤白に星を散らした共和国旗トリコロールが翻っていた。


――――――――――


 制圧開始から10日が立った8月12日、市庁舎に置かれた反革命軍の司令部を第36歩兵連隊が制圧。アルセニ防衛司令官のジャン・アルセーヌ・フロイト中佐が降伏したことによって攻略作戦は完了し、アルセニは共和国軍によって奪還された。


「東13区の整理作業へ向かうように命令が出た、小隊各員は10分以内に出立する準備を完了させるように」


 独立第57親衛歩兵連隊は戦闘によって破壊された市街を修復し、アルセニを拠点としてヴェーニュ州に対する攻勢作戦を行う上で必要な物資搬入などの作業に従事していた。


 既に市内には制圧作戦に加わった2個連隊に加えて第44歩兵師団司令部や各隷下部隊、革命親衛隊第8親衛混成師団の先遣部隊などが集結しており、アルセニ市庁舎には『ヴェーニュ方面統連合軍司令部』が置かれて各部隊の将校団が詰めている。


「そう言えば、初陣にしてはよく動けていたじゃないか。見直したぞ、ヴィユヌーヴ二等兵」

「……そうですか?」

「こんな本格的な市街戦はある意味全員初めてだが、実戦自体も初めてな状況であそこまで動けるのは大したものだ」

「ありがとうございます、軍曹殿」

「初陣であれだけ動ければ上等だ。これからも期待しているぞ」

「……はっ!」


 歩いているうちに、マリアは不思議な感覚に捉われていた。戦争というのはそういうものだが――人を殺すことが褒められるという状況に誰も違和感を抱かず、壊れた街や散乱する死体に対しても誰も気にかけないという異常な環境。


 彼女は一連の戦闘で、少なくとも4人の敵兵の命を奪っていた。手榴弾で負傷し動けなくなったところを銃剣で刺し、命乞いしている最中に頭を撃った。だが、罪悪感や後悔といったものが湧いてくることはなかった。


『王制万歳!王制ばんざーー』

「撃て!」


 街区の中には至る所に野戦裁判所が設置され、捕虜や反革命ゲリラが即決裁判の後に銃殺されている風景があちこちで見られた。処刑場の脇では反乱軍を加担した兵士たちが逮捕され、尋問の後に斬首されている。


 歩くこと20分、小隊は東13区へ入った。東13区は一連の戦闘の中でも最も激しい戦闘が行われた地区であり、多くの家屋が破壊され――というよりも、破壊されていない建物の方が少ない有様であった。街道に散乱している瓦礫の中には遺体の姿もあり、戦闘終結から3日が経つというのに未だに火災が起きている家屋も見受けられる。


「第82親衛歩兵大隊第14小銃小隊到着いたしました」

「ご苦労であった」


 辛うじて損壊を免れた区庁舎前に整列した第14小銃小隊は、街区整理の責任者である親衛隊大尉から各分隊ごとに任務を割り振られる。


「我々第一分隊は東13区内で拘留されている反革命軍捕虜の護送任務に付く、ついてこい」

「「はっ」」


 デュクロ軍曹の指示を受け、マリアたちは任務を遂行するため移動し始めたのであった。

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革命のマリオネット ペルソナ・ノン・グラータ @Natrium0116

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