第29話 やったねぇ!トラウマだよぉ!

「これが噂に聞いた転移ポータルかぁ」


 狼くんが落としたアイテムを回収、見聞を終えた僕は休憩所に戻る。

 すると、休憩所の入口近くに、青色に輝く魔法陣と緑色に輝く魔法陣がいつの間にか設置されていた。

 

 あらゆること全てに疎い僕でも知ってるそれは、転移ポータルという一階層分の移動魔法陣だ。

 確か、緑色が一階層上に戻るやつで、青色が下層に進むものだった気がする。知らんけど。


「一階層じゃ見れなかったからね」


コメント

・それがレアケースなんよ

・初めて見る転移ポータルが500階層w

・いや、自業自得で草

・流石のお前も転移ポータルは知ってたか


 ユキカゼさんの配信で知ってたんだよね。

 転移ポータルは、一階層ずつしか進めないから、攻略したところまで転移! とかはできないようになってるらしいんだ。害悪仕様じゃない?


「とりあえず、その前にレベルの確認しておこうかな。色々あって忘れてた」


コメント

・そういえばしてなかったか

・どんだけレベル上がったんやろw


 レベルアップの恩恵については、敵がいないから把握のしようがないけれど、自分でも身体能力が少し向上したのが分かるくらいには成長を実感していた。

 

 僕は期待しているらしいリスナーのコメントに目を移しつつ、スマホでレベルの確認をした。


ーーー

レベル596

ーーー


「インフレしてる……」


 50から500以上レベルアップを果たしている。

 これは僕も最強とか名乗っちゃっても良いんじゃない? 多分僕以上のレベルはいないでしょ。


 ……でも紙装甲なんだよね。ぺらっぺらの。


コメント

・こうして見るとすごいな

・良かったな!全部攻撃力に注ぎ込まれたぞ!

・草

・草

・そういや害悪系厨スキル持ってたなこいつw


「全然良くないけど? 僕の防御力はレベル50のままで止まってるじゃん? だから、レベル50を貫通する攻撃は全部即死なんだよね。で、当然しばらくは貫通してくることは間違いないし、僕にとっては全方位即死攻撃だらけなんだよ。世紀末か、ここは」


コメント

・自ら世紀末に足を踏み入れた奴がなんか言ってる

・だから道端に落ちてるものを食べちゃいけないってあれほど言ったのに……

・知能に関しては幼稚園児以下の信頼しかされてないんだよなぁw

・地獄で笑いながらタップダンスしてるやつが今更何をw


 まあ、リスナーの信用についてはどうでも良いけどさ。

 地獄でタップダンスか……言い得て妙かな。

 狼くん、足踏んじゃってごめんね。

 

「それじゃあ先に進もうかな」


 正確に言えば後退だけど、と誰に言うわけでもなく僕は緑色のポータルに足を踏み入れた。

 瞬間、視界がグニャリと歪む。


コメント

・流石に色間違いはしなかったか……なんだ

・残念がってて草

・不幸を願うなw

・まあ、下に進むのも上に進むのも大して変わらんけどな


 いや、本当にね。

 敵が弱くなるとか、僕の紙装甲じゃ雀の涙だと思うんだ。結局、デッドなチキンレースを繰り広げることは決定事項だし。


 なんてことを思っていると、歪んでいた視界が正常に戻り、気づけば僕は───吹雪の中にいた。


 見渡す限り……というか吹雪で視界が遮られていて、先は何も見えない。


「……マグマの次は吹雪かぁ。寒暖差すごい」


 凄まじく寒い。何が寒いって、もう全部寒い。

 あと、雪が痛い。吹雪が服の中に進出して体温で溶け、その溶けた水に新たに降った雪が追加される地獄の永久機関。


コメント

・これぞ本当の寒暖差w

・おいおい、あいつ死んだわ

・明らかに適温環境に設定されてねぇw


「下限がマイナス10℃だっけ? 多分それ以下だよ、間違いなく。僕には分かる。そもそもマグマ階層だって、明らかに上限温度超えてたしね。下層とまた違うのかな?」


 知らんけど。

 僕の体感だから、温度を計る術はないし適当に言った考察だって証拠も何もない。けれども、この寒さが異常だってことは分かる。



「福井県出身の僕なら分かる。これは異常だよ」


コメント

・お前の頭が異常定期

・豪雪地帯出身だからって何だよw

・そもそもダンジョン自体が異常そのものなんだから何が起こっても別に不思議じゃねぇだろw

・うわ、こいつと同郷かよ、最悪。憎むわ

・情が湧かずに殺意が湧いた件

・草


「少しは真面目に考えようか、君たち。とにかく、雪国出身の僕だから、この寒さ程度なら簡単に耐えられるよ。雪を歩くノウハウも僕の脳内に記憶されてるからね。何てことはないよ。マグマより全然マシ」


 ずっと雪が降り注いでるなら、下に氷は張ってないだろうし歩き慣れてる人間なら何も考えずに行動できる。

 親の転勤で二年前に東京に来たけど、それ以前は普通に雪国のスノーボーイ(造語)だった。


 僕にかかれば雪なんて歯牙にもかけないよ。

 ……歯牙? ……滋賀?


コメント

・※歩くフラグ製造機の電源が入りました

・すぐに切ってもろて

・どうしてすぐに調子に乗るかなぁ……

・学ばず学べず痛い目に遭うアホ

・根本的な自分の性格のせいなの草

・どうしようもならねぇw


 まったく……リスナーは僕のこと舐め過ぎだよ。


「確かに僕は今の今までフラグを建築して見事なまでに回収してきた。回収率はなんと十割。これには僕もびっくりさ。……でもね、今回は産まれに起因してることなんだ。君たちは歩くことに一々思考を働かせている? 右足出して、左足出して、みたいな。僕にとっては雪の上を歩くことはそれに等しいことなんだ」


 僕は懇切丁寧に、今回の自信についての裏付けを語る。

 ……ちょっと頭のいいこと言ってる気がする。自分でも何言ってるのか正直よく分からないけれど、雪国産まれだならナンクルナイサー、って感じ? 多分。


コメント

・何だろう。このフラグにフラグを重ねている感じ

・《Sienna》なんか言い方ムカつくわね

・草

・フラグ回収率の高さは自慢するなよw

・誇れないことを自虐風味で高々言えるとこだけはすごい


「とりあえず休憩所を探しに進もっか」


 吹雪で前方は何も見えないし、どこに何があるのか分からない以上当てずっぽうにはなる。休憩所とまではいかずとも、寒さを凌げる場所には辿りつきたいところかな。


「それじゃあ行──ぐぼっ」


 転んだ。

 思ったよりね、うん。地面の下がツルツルしてた。

 こんな即堕ちってないよ。


「こんな即堕ちってないよ。回収が速いよ」


コメント

・顔面から行ったァァァ!!

・安定の即堕ち二コマ

・いずれ即死トラップ前でフラグ建てそう

・こいつ死亡フラグだけは違う形で回避するんだよな…w

・生き汚い(迫真)

・草

・生命力だけは強い


「僕のことゴキブリだと思ってる??」


 リスナーにツッコミする僕だけど、その前に色々とヤバいことに気がついた。


「ごめん、福井県くん。君より寒いよ」


 産まれ故郷よりも遥かに寒いせいで、この短期間で低体温症になりかけてる。薄着なのもあるけれど、服を透過するくらいに圧倒的な冷気と吹雪が何よりも辛かった。


コメント

・一々物体とか概念を擬人化しないで貰っていいですか?

・別に寒くない時は寒くないけどな、福井県

・地域差があるんだよなぁ

・ショップで服買って重ね着すりゃ良いじゃん


「それだ!!」


 僕は初めてリスナーからその場で有用な情報を貰うことができた。確かにショップには『着替え一式』がある。マグマ階層で買った時は薄着が出現したけれど、それでも重ね着すれば幾分かマシになる。


 僕はかじかむ手でショップを弄り、着替え一式を購入する。


 すると、上からツナギとスキーウェアとネックウォーマー、手袋、もふもふ靴下、スキー帽、など寒冷地……とりわけスキーに行く際に活用するものが次々と出現した。


「着替えとは。……いや、ラッキーかな。その環境に適した衣服が登場するんだね。何とも都合がいい」


コメント

・ご都合主義で草ァ

・珍しく運命が世迷に優しいぞ?w

・後で絶望させるための前段階ですね。分かります


 フラグ建ててるの君らじゃん……。

 不幸を祈ってるのか打開を願っているのかどっちかにして欲しいんだけど。


 僕はジト目でコメントを眺めつつ出現した衣服を着た。

 いきなり暖かくはならないけれど、これから先の寒さはしばらく凌げることは間違いない。

 どのみち休憩所を見つけなきゃお陀仏なんどけどね。



「さて、じゃあ気を取り直して────」


 そう一歩目を踏み出そうとした瞬間だった。


 ──本能が警鐘を鳴らしていた。

 鮮烈な死のイメージが蘇ると、首筋にチリチリとした気持ち悪い感触を覚える。


 レベル上昇分の動体視力の増加。

 それに伴って、僕はギリギリ半歩右に避けることができた……けれど。


「うぐっ、左手消し飛んだァ!」


 でも、避けなきゃ首が吹っ飛んでた。

 見て避けたわけじゃない。見てからじゃ遅いんだ、って体が警報を奏でた。だからギリギリ躱すことができた。


コメント

・何が起きた!?

・《ARAGAMI》どうやらこの階層のモンスターがお出ましのようだね。さあ、どう切り抜ける?

・享楽主義者がログインしてきた……

・何も見えなかった


 僕は慣れた手付きでポーション四肢回復。

 敵さんは回復の猶予と、その姿を晒してくれた。


 吹雪の中、見えるその姿は──可愛らしい兎の姿をしていた。


「《鑑定》」


ーーー

種族 デビルスノーラビット

Lv.1029

ーーー


「スノーラビット……」

 

 何の変哲もない可愛い兎にしか見えないそのモンスターは、名の通り悪魔の如き力を秘めているのは明白だ。


 圧倒的なアジリティから繰り広げられる鋭い牙による噛み付き攻撃……。

 これはリスナーの誰かさんが言っていた『スノーラビット』の情報だけど、今目の前にいる存在は旧来のスノーラビットの上位互換なんだ。


 

 僕は少しでもヒントを貰えないかと、コメント欄の様子をチラリと見る。



コメント

・うわァァァァァァ!!

・トラウマの元凶ォォォォ!!

・殺れ!殺れ!殺れ!

・スノラビ許さん。マジ許さん

・あァァァ!!!

・嫌ァァァ!!!

・《Sienna》首に頓着する悪辣種族だの言われてたけれど、ある種私の同類ね

・スノーラビットォォ!!


「なんかトラウマ刺激してごめん……」


 僕みたいな発狂の仕方をしていたリスナーに、そういえば一階層の攻略中にスノーラビットについて同じような反応をしていたなぁ、と思い出す。

 それくらいのトラウマが刻まれてるみたいだね。まあ、好んでトラウマ不可避な首チョンパシーンを見たい人なんて少数だろうし。



 スノラビくんは様子見してくれてるけど、どうしよ。

 ……ペットにしたいな。ダメ? ダメだよねぇ……。


 僕、兎好きなんだけど!




ーーー

今話コメディ要素少なめ

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