第16話 浜口凛の葛藤
浜口と倉木を連れて日本へと帰ってきたけど、浜口は恨みがましい視線を送ってくる。
根性あるなコイツと思いながら、麻痺が解ける前に二人のスキルを削除した。
「スキル強制消去。٠٠٠これでお前たちのスキルは無くなったぞ。更にこれを飲んでもらう。身体に害は無いから安心しろ」
浜口に強引にレベルリセットドリンクを飲ませた。麻痺しているので、むせながら飲んでいた。浜口は涙目になりながら飲んでいた。
いや、"飲ませている"の間違いだな。なんか罪悪感が湧いてくる。
それでも、暴れるような奴や思考がおかしい奴には飲ませると決めてたんだ。躊躇したり後悔したりは無しだ。
同じように倉木にも飲ませていく。倉木は浜口の状況を見ていたからか、上手くドリンクを飲み込んでいた。案外器用なのね。
「お前たちが飲んだこれは、『レベルリセットドリンク』という。効果はお察しの通り、レベルが1にリセットされる。これから麻痺を解く前に、少し話をするから聞いてほしい。いいか?」
浜口はこちらを睨みながらも、もうどうしようもない状況を悟ったのか、ゆっくりと目蓋を閉じた。それを返答と考えて、俺は言いたかったことを話した。
現在の日本での俺たちの情報から、消えたクラスメイト達の親族の状況を。毎日、毎日、駅前でビラを配っている親御さんの姿を。SNS等を使った行方不明者の情報を集めている事を。どれだけ自分たちの子供の事を心配しているのかを。
そして女神に拉致されてからの、俺の行動や考えを伝えた。
少し気が高ぶって早口になってしまったけど、浜口も倉木も暗い顔になっていた。
俺たちはまだ子供なんだ。変な使命感を感じて行動するにしても、保護者に事前に伝えてるのと、拉致されて消えるのとでは全く違う。
消えた子供を心配しない親はいない。少なくとも俺の周りにはいないと言える。
少しでも伝わったのなら大人しくなるかと思い、二人の麻痺を光魔法の状態回復で解いた。
動けるようになった体を確認しながら、浜口が問いかけてきた。
「どうして私達に何もしないんだ?赤城くんなら私達を好きにできたでしょ?それこそ体を自由にだってできたはず」
「ハァッ!?お、お前、何を言ってんだ!ひ、人聞き悪いことを言うなよな?別に何もしねーし!」
そんな俺の様子を見ながら、浜口は少し考える素振りを見せる。何かを言うかどうか迷ってるように見えた。だから俺も気持ちを落ち着けて、浜口が言うまで黙って待っていた。
どうやら意を決したようで、少し深呼吸をしたあとに、ゆっくりと口を開いた。
「私はね、赤城くん。もう٠٠٠汚れて、しまったのよ。ここにいる夕子もそう。もう何も知らなかった唯の高校生には戻れないのよ٠٠٠」
浜口の言葉を聞いて真っ先に浮かんだのは、"体の純潔を穢された"という事実だった。
異世界だもん。なんて言葉では済まされないだろう。女の子からすれば、耐え難い経験だったはずだ。どんな体験か想像は出来ても、決して理解してやるなんて口が裂けても言えない。理解できるのは同じ経験をした者しか解らないのだから。
浜口の衝撃の告白に、俺は何とも言えない暗い顔をしていたのだろう。浜口も倉木も何も言わず、ただ沈黙が少し続いた。
せめて、この辛い記憶だけでも無くしてやれたらな。そう考えた時、ハッ!と思い付いた。そうだ、俺には万能の創造があったんだ。思い付きだが、二人に提案してみることにした。
「あのさ、月並みのセリフだけどさ、その٠٠やっぱ女の子だし、辛かっただろ?好きじゃない人となんてさ。だから、俺の創造スキルで٠٠٠」
「ん?ちょっと」
「記憶を消すスキルを創造するからさ。それで٠٠٠」
「だから、ちょっと待って赤城くん。何か勘違いしてない?」
「え?勘違い?」
浜口が俺のセリフを遮って、勘違いしてないか聞いてきた。勘違いって、今更隠さなくていいんじゃない?てか、自分で言い出したよな?
「あのね、赤城くんの言い方だと、まるで私達がその、男の人に無理矢理٠٠٠٠٠٠みたいに聞こえるんだけど?」
「え?なんだって?ハッキリ言ってくれ」
「だから!無理矢理٠٠٠犯されたように聞こえるって言ったのよ!」
浜口が顔を赤くしながら大声で叫んだ。
そう、大声で『無理矢理犯された』と叫んだんだ。時刻は深夜で、ここは俺の家の中だ。つまり家族にはバッチリ聴こえているだろう。もうここに向かってくる二つの気配を捉えてるし。
ドアが勢いよく開けられて、父さんと母さんが入ってきた。
「駆っ!何があったんだ!どういうことか説明しなさい!」
「駆っ!あんた人様に言えないことしてないだろうね!」
急に現れた父さんと母さんの勢いに押されて、浜口も倉木もビビってた。俺だけ必死になって誤解を解こうと、両親に説明を続けた。浜口も倉木からも援護射撃無しのクソゲーぶりに、長時間の説得が続いた。
「٠٠٠というわけなんだよ。だからまだ話し合いの途中なんだよ。だから母さんも部屋に戻って、もう寝てほしい」
俺からの言葉だけじゃなくて、母さんは二人にも確認をとっていた。女性の尊厳の話だから、父さんは早々に部屋から追い出されていた。俺も出ていきたかった。くそぅ。
「本当にそうなのかい?お嬢ちゃん、凛ちゃんと言ったね。この子の言ってることは合ってるのかい?」
「は、はい!赤城くんは正しいです。その、誤解があったようで申し訳ありません」
「夕子ちゃんだったね、あんたも正直に話してくれていいんだよ。どうだい?」
「はいぃ!合ってます、だから怒らないでくださいぃぃ!」
母さんの剣幕は圧力があったようで、二人には怖く感じたようだな。父さんから聞いたんだけど、昔はレディースという団体で総長ってのをやってたらしい。だから母さんが怒ると怖いんだってさ。おっと、話が逸れたな。
「もう納得したでしょ?ほら、母さんも朝早いんだから、もう寝てよ」
「んもう、仕方ない子だねぇ。わかったよ、後は駆が話をつけるんだよ?じゃあ母さんはもう寝るからね」
母さんの背中を強引に押しながら、部屋から退出してもらった。
後に残された俺たち三人は安どの息を同時に吐いた。なんか変な空気になってしまった。
「ゴホンッ、なんか変な空気になってしまって申し訳ない。深夜だから大きい声は無しで頼むわ」
「そ、そうね。中々パワフルなお母さんね、ちょっと怖かったわ」
「私も、すっごく怖かったよ。凛ちゃんが怖がってる姿を初めて見たもん」
各々声を出すと、少しずつ空気が変わっていくのを感じた。緊張感もなくなり、自然に話せるような空気になった気がする。
「それで続きなんだけど、勘違いってどういう意味なんだ?」
浜口は佇まいを正して、俺の眼を見ながらゆっくりと口を開いた。
「私たちが汚れてしまったというのはね、人を、殺してしまった٠٠٠という意味よ」
「人を٠٠٠殺した٠٠٠?」
「そう、言い訳かもしれないけれど、相手は盗賊だったわ。何人も殺しては金品を奪っていた盗賊団らしくて、ついにギルドに指名手配されたの。ある時、その盗賊団が村を襲うという情報が入ったのよ。もちろん私たちは討伐隊としてその村に向かったわ。けど٠٠٠٠٠」
浜口がそこまで言うと、苦い記憶を思い出すかのように顔をしかめた。倉木を見ると、彼女も辛そうな顔をしていた。
「٠٠٠私たちが着いた時にはもう村は蹂躙されていたの。手遅れだったわ。私はまだ息のある子供がいたから直ぐに駆け寄った。回復薬を使おうとしたけど、その子は最後に一言だけ言って亡くなってしまったわ。『どうしてもっと早く来てくれなかったの?』って」
浜口は涙を流しながら話してくれた。手を痛いほど握りしめたようで、握った手から血が出ていた。
「他にね、生きている人を探したわ。ほとんど殺されていたけれど、村の中央にある大きな家の中で人の気配がたくさんあったの。生きてる人がいるかもしれない。そう、思ったわ٠٠٠」
先程まで泣いていただけの浜口の顔が、みるみるうちに怒りや憎しみといった表情に変わっていく。
「中に入るとね、複数の女性がいたわ。その上で腰を振っている盗賊たちもね。それを見たら頭がカッとなったわ。気が付いたら、目の前には盗賊だったモノが血だらけで転がっていたの。バラバラになってたから盗賊だったとしか言えないのよね」
浜口は寒くなったのか、自分の体を抱えながら続きを話した。後ろから倉木が、慰めるように浜口を抱き締めた。
「それをやったのが自分だと自覚したら、熱くなってた体が急に冷たくなっていくのを感じたわ。そのあと私は何も出来なかった。後から入ってきた騎士が女性を保護したと聞いたけど、それどころじゃなかった。私は、人を殺してしまったのよ。犯罪者とはいえ怒りに任せて、ね。夕子もその時に盗賊を殺したそうよ」
どうやらその時に倉木も盗賊を殺したらしい。浜口がそう言った時に倉木の顔が少し曇った。それを見た瞬間、直感が反応した。もしかして倉木は٠٠٠いや、止めておこう。俺が口を出すことじゃない。
「だから私たちは今更日本に帰されたところで元の暮らしには戻れない٠٠٠てことなのよ。それなら異世界で正義を気取って、魔族と戦ってるほうが良かったのよ。ま、それもぜ~んぶ終わっちゃったことだけどね」
全部言い終わったのか、浜口は自虐的な笑みを浮かべながら、また涙を流した。かける言葉が見つからなかった。だから事務的に話を進めるしかなかった。
「٠٠٠今日はもう遅いから。泊まってもらって、明日家まで二人とも送るよ。狭いけど一緒に使ってくれ」
ストレージからお決まりのベッドを出して、二人で使うように促すと、俺は問題を先送りするかのように自分のベッドに入って寝た。正確には寝たフリだけど。とても寝れるような心境じゃなかったから。
二人も俺がベッドに入ったのを確認したあと、一緒にベッドに入って寝たようだ。
時折聴こえてくる浜口のうなされる声をBGMに、朝まで寝たフリを続けた。
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