洋服選びは難しい
『おおー!』
巨大な建物を目にした瞬間、無意識に目を大きく見開いてしまった。
こんな大きさの建物の中で一体何が行われているというのか。いや、沢山の人が買い物を楽しんでいるに決まっているのだが。
花蓮が声を出してしまったことを茶化してやろうとするが、優も声を出してしまったため何も言えない。
花蓮はこちらを向いて、目を伏せるだけだ。
大方、同じような事を考えていたのだろうと想像出来る。
(田舎者はこれだからなぁ)
自分に向けてなのか、花蓮に向けてるのか分からない感想を持ってしまった。
二人が少し前まで住んでいた地域は世間的に見れば決して田舎という訳では無いことは重々分かっているが、大都市の施設を見てこのような反応をしてしまうと、そう思わざるを得ない部分もある。
「――入るか」
声が二人揃って漏れてしまった事より、二人揃って立ち尽くしている方が恥ずかしいため、花蓮にそう促し、建物内に入った。
建物の中に入ると、花蓮もいつもの調子を取り戻したのか、きょろきょろし始める。
(小型犬か何かかな? 別にそこまで元気ならずに普通に居てくれたらいいんだけど)
いつもの調子どころか、三倍くらい元気になっているように思えた。
「今日は何を買いたいんだ?」
おもちゃ売り場に行きたがっている子供の様に今にも駆け出してしまいそうだったので声をかける。
まさか、おもちゃ売り場に駆け出す事は無いだろうけれど。無いよな?
「今日は服を買います! 引越しでまともな春服持っていない事に気がついちゃって」
「まともな春服ってなんだ?」
「――高校生っぽいやつみたいな?」
疑問形で答えが返ってきた所から察するに、何となくのイメージが広がっているだけなのだろう。
だからこそ優が呼ばれたわけだが。
近くで地図が確認できたため、それを使って若者向けの服を扱っていそうな店にあたりをつける。
店の場所だけでなく、説明や店内の写真が貼ってあるのはとても助かる。
初めに、現在地から一番近かった店に入った。
入ってから最初に受けた印象はシンプルな物が多いということだ。もっとも、服についてはほとんど知識がないため、見た感じさっぱりしているからシンプルと言えるのかなという程度だが。
また、虹を作れるのではないかと言うほど多種多様な色が所狭しと詰まっている棚もあり、無理やり目を向けさせられる。
値段はとても安価で学生の味方、というか全人間の味方だ。何歳になっても安くて良いものが一番に決まっている。
だが、隣の花蓮を見れば、特に服を手に取ることも無く、勉強する時にも見せないくらい深く考え込んでいる様子だった。
「どう? なんか着てみたら?」
服選びにおいて、考え込むだけでは中々上手くいかないというのは自明の理である……と思う。
正直、優が服を買う時はネットで上の方に出てきた全身コーデをそのまま買う事が多いため、考え込むこと自体がない。
優の母親からの教えの一つにも、店でもネットでも目立つところに置いてあるものは万人受けしているものなのだから、似合わない訳が無いというものがあるのだ。
大雑把すぎると思わないこともないが、同時に一理あると思っているし、服選びが凄く楽だ。
ちなみに今日の服装も、ネットの全身コーディネートをそのまま購入し、そのまま着ている。
「――――上手く言えないけど、なんか違うんだよね。地味すぎるのかなぁ」
優の問いかけに対して、花蓮は長い間考え込むような声を漏らした後、少し小さい声で不安を漏らす。
確かに、シンプルは悪く言い換えれば地味であると言える。店内を見渡せば、男女兼用の服が多く、可愛らしさみたいなものとは縁遠いと言わざるを得ない。
「芹澤はどんな服装が好き? 女の子のだからね」
この店は違うと判断し、店を後にした所でそう質問をされた。
(どんなって言われても、ブランドとかファッションの系統とか分からないしなぁ)
自分の服装だってほとんど考えずに決めているのに、異性のファッションなんてわかるはずもない。
「フリフリしてて、リボン付いてるやつとかかな」
「あー! 可愛いやつって事ね!」
だいぶざっくりした言い方をしてしまったが、まとめるとそういうことになる。
花蓮の中でもしっくり来たのか、何度も頷きながら言う花蓮。
二階に上がると、また服屋らしき店舗が目に入る。先程の店の次に目星をつけていた店だ。
(確かあそこは……)
近づくとはっきりしたが、優の思っていた通りフリフリしてて……いや、可愛い系の物が売っている店だ。
「あそことかいいんじゃない?」
「わ! 行こ!」
花蓮に指で指しながら教えると、すぐに若干駆け足になりながら店に向かってしまう。
優も慌てて早歩きをして、花蓮の後に続いて店に入ると、夢の国と言えばいいのか、とてもフワッとした雰囲気の空間が広がっていた。
「これこれ! こういう雰囲気の服を言ってた!」
「私もこういうの好き!」
「これとか、上半身フワッとしてて、エプロンみたいなスカートもいい感じ!」
「こっちもすっごいヒラヒラ!」
優はもちろん、花蓮も正式名称が分からないようで、わちゃわちゃしながら思ったことをそのまま伝え合う。
「ご試着してみますか?」
しばらく花蓮と話し続けていたら、いつの間にか店員さんが近くに居た。
忍者のように近づいてきて、話しかける時はアイドルのように存在感と親しみやすさを出す店員さん達は本当に凄い。
店員さんの言葉に甘えて、優が選んだエプロンみたいなスカートが特徴的なコーデと、花蓮が選んだロングスカートの試着をすることに決める。
試着室の前で、店員さんと共に待っていると、試着室の中から布擦れの音が聞こえてドキドキしてしまった……なんてことは無かった。
そもそも音なんてほとんど聞こえないし、向こうで脱いでいると言われてもなという感じでしかない。
一部のアニメキャラクター達は、さぞ耳が良くて想像力が豊かなのだろう。
(花蓮居ないと気まずっ)
花蓮の布擦れの音なんかよりも、店員と二人で待っているこの状況の方が優からしてみたらドキドキする。誤解がないように言っておくが、不安や恐怖と言った意味でだ。
そんな優の心の内を知ってか、知らずか店員さんが話しかけてきた。
「彼氏さんが選ばれたコーディネートはレースブラウスとジャンパースカートってアイテムが使われてるんですよー。きっと彼女さんに似合うと思います!」
(エプロンじゃなくてジャンパースカートっていうのかー。あれ、彼氏? 彼女? え?)
あまりにも自然に言われたので反応が遅れてしまったが、明らかにおかしい所があった。
「い、いや! 付き合ってなんか無いですよ!」
焦りすぎて言葉に詰まりながら言う。
「えー? そうなんですか?」
全く信じられていない事がよく分かる視線を向けられながらこう言われてしまうと、どう返せばいいのか分からなくなる。
その時、勢いよくカーテンが開き、優が選んだ服を身にまとった花蓮の姿が現れた。
思わず目を奪われ、名前の通り可憐な少女がそこにはいた。
「どう?! 似合う?」
どうやら、優と店員のやり取りは聞こえていなかったようだ。
「とってもお似合いですよ。胸元にリボンなどつけてみてもいいかもしれません。」
「――に、似合ってる……」
先程、彼氏だ彼女だと言われてしまったのもあって更に動揺してしまい、店員さんに遅れて一言だけ送る。
その後、ロングスカートも見事に着こなし花蓮は満足気な表情で三着とも購入するのだった。
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