焼肉に行こう

 二人で選んだ店は、家から少し離れた所にあるテレビで取り上げられた事もある焼肉屋だ。

 食べ放題なのに肉が美味しく、肉以外の料理も充実しているらしい。

 その分値段は多少高めだが、花蓮の一日のバイト代だと考えたら安いものだ。

 店内に入ると、休日の夕ご飯時という二つの混む要素の相乗効果で大変な事になっていた。

(混んでるな……、だが朝の俺とは違う!)

 盛大に朝寝坊をかました優だったが、本当に朝のダメさ加減は抜けていた。

 なんと店を決めたすぐ後に予約していたのだ。

 平静を装おうとしながらも若干のドヤ顔が隠せていない顔で花蓮に予約完了の画面を見せる。

「流石! 予約出来たのかもしれないって後悔してたのよね」

 万年の笑みで褒められれば、やはり嬉しいものだ。

 入口の近くに居た店員さんに画面を見せると、名前と受付番号の確認を手早く済まさせ、「芹澤様、お待ちしておりました。 こちらへどうぞ」とどの店でも言われるセリフを聞きながら案内される。

 案内された席は、両方ともソファ席になっていて広々としていた。少し店のランクを高くするだけでここまで変わるのだから驚きだ。

 席に着いた後、軽くタブレットを使った注文の方法やメニューについて教えてもらう。

 どうやら三種類のコースがあるようで、花蓮に任せることをジェスチャーで伝える。

 優が奢ることになっているのに、どのコースを選ぶか迷っているのは、花蓮の優しさがよく出ているなと思った。

 花蓮が自分の欲だけに従えば、当然一番高いコースにするのが一番良いに決まっているからだ。

 一分くらい悩んだ末に、優の方をチラチラと見ながら真ん中のコースにする事をゆっくりと店員に告げだす花蓮。

「本当にこの値段で大丈夫なのかな?」とでも心配しているのだろう。肯定の意味を込めて、頷いておく。

 頷いた瞬間に、花蓮パァっと明るい笑顔になり、これ以上ないくらい気持ちが分かりやすい。

 手伝ってもらったお礼なのに、こちらの事を気にしてくれる優しさを見てしまったら、これくらい出してあげたいとやはり思ってしまう。

 一番上のコースだと、二人で二万円を超えてしまい正直痛い出費だが、真ん中ならば一万三千円行かない程度。

 高校入学記念か何かだと思えば、問題ない額だろう。幸い、今までの貯金と入学祝いとして貰ったお金があり、財布には余裕がある。

 注文を聞き届けた店員は、最後に点火をして、微笑ましい物を見るような目をしながら去って行った。微笑ましい物を見るような目というのは、優の勘違いかもしれないが。

「ありがと! 上カルビとタンとビビンバが美味しそうで真ん中が良いなって思ったの!」

 店員が席を離れるやいなや嬉々とした様子で花蓮が話しかけてきた。

 言われてコースの内容を細かく確認してみると、確かにタンは真ん中のコースからとなっているし、上カルビと真ん中のコースから注文出来るビビンバは一番下のコースの物よりだいぶ豪華で美味しそうだ。

「高校の入学祝いとかを兼ねてって思えば、まぁ良いでしょ! 今日はほんとありがとな!」

 花蓮が値段を気にしないためのフォローと今日の感謝を手短に伝えた後、食べたい物をお互いに次々話した。

 そうしていると席のタブレットが二人が注文したコース用に切り替わり、注文が出来るようになる。

 これでもかと言う程色々頼んだ結果、広々としたテーブルが全て埋まり、座席に置くしか無いのではないかと思うほどの量になったりもした。

 そんな状況も楽しみつつ、どんどん肉を焼き、サイドメニューも挟みながら食べ進めていく。

 優が七割くらい胃に食べ物が溜まったかなという所で花蓮を見ると、まだ食べるスピードは全く落ちていない。

 優も立派な男子高校生なので、朝ご飯は少なかったりもするが、夜ご飯で食べ放題となればかなりの量を食べる。

 そのため、花蓮の体の大きさなども考えれば、この辺でお腹いっぱいになっていても全くおかしくない。少なくとも食べるスピードは遅くなるのが自然だろう。

 しかし、花蓮は変わらず食べ続けている。結局二人が満足して一息ついたのは同じタイミングなのだった。

(もうそろそろ良いかな、久しぶりにこんな食べたな)

 優がこんな事を考えていると、またタブレットを手に取り出す花蓮。

 びっくりして何を頼んでいるのか見てみると、デザート系の物を色々と頼んでいるようだ。

 優も花蓮にいくつか食べたいものを伝えて、注文して貰う。

 店員がデザートを運び始めてくると、明らかに花蓮側に置かれる量が多いことに気がついた。

「――本当にそんな食べられるの……?」

 食べる量を指摘するのは失礼にあたるのかもしらないが、我慢できずに聞いてしまう。

「え? もちろん! デザートは別腹よ」

(いや、それただの例えみたいなもんだろ。お腹は一つだけだよね?)

 思わず心の中で突っ込んでしまい、花蓮を見る顔が若干引きつってしまった。

「そ、そっか……」

 これだけ返し、いくつか頼んだデザートを食べながら花蓮を見ていると、明らかに優より早いスピードで食べ進めていた。

 本当にお腹が変わったのではないかと思わされてしまいそうだ。

 殆ど全種類のデザートを食べたあと、気に入った物を再度注文。しかも今度は二個ずつだ。

 真ん中のコースを選んだためデザートもかなりの種類があるのだが、そんな事は花蓮には関係ないようだ。

 結局二十分間程、花蓮はデザートを食べ続けるのだった。

 花蓮が満足した所で、だいぶ長居していたため店を出る。

 食べ放題なので、もっと長く居る人も大勢居るのだろうが、二人とも店内の熱気に耐えきれず、外の風を浴びたくなっていた。

「だいぶ高い額奢ってもらっちゃったし、明日一緒に出かけてあげてもいいけど?」

「――え?」

 花蓮が店を出てから不意にそんなことを言ったが、突然過ぎて反射的に聞き返してしまう。

「ごめんごめん。まずはお礼とは言え奢ってくれてありがとう。それで関係ないけれど明日買い物に付き合ってくれないかなって」

 そう言う花蓮はどこか恥ずかしそうに見えた。頬も少し赤い。店の熱気のせいかもしれないが。

 確かに、ご飯を食べる事より買い物に誘う方が圧倒的にハードルが高い気もする。最初のセリフも照れ隠しのようなものだろう。

(今日手伝って貰ったんだし、そうじゃなくても一緒に来て欲しいと言うんだから、行ってあげる方が良いよな)

 そう思い、その場で了承する。

「ありがとう――よし!帰ろ!」

 恥ずかしさが限界になったのか、花蓮はいきなり早歩きを始めた。

 慌ててその後を追い、どこまでも同じな帰り道を二人で通るのだった。

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