部屋作り
「ねぇ、芹澤起きて!」
目の前のお姫様がそう言った気がした。今まさに二人が向き合っているのに、おかしな話だ。
後、芹澤なんて冴えない名前ではなく、もっとカッコイイ名前だった気もする。
不意に体を揺すられた。お姫様はずっと同じ場所にいるのにどうやったのだろうなんて考えていたら、段々とお姫様がぼやけていく。
次に視界が開けた時に目に入ったのは、怒っているなんて表現では表しきれないほどの鬼のような形相をした花蓮だった。
お姫様が目の前に居たのは夢だったようで、優としては今の現実の方が夢であって欲しいと強く願ってしまう。
「――な、なんで部屋の中に?!」
考えるより先に体が動いたとでも言うのだろうか、一瞬で起き上がり、恐る恐る聞く。
「なんで? 逆にこっちが聞きたいんだけど? 九時に自分の手伝いのために人を呼んでおいて、九時を過ぎてもなんでまだ寝てるのか !」
顔に押し付けるかのようなスピードで差し出されたスマホを見れば、九時十分を過ぎたところだ。
血の気が引くという言葉がこういう状況の時に使われるのだということが今程理解出来たことはない。体温も間違いなく下がった気がした。
「――すいません……」
こう返すしかないだろう。
そこでようやく疑問を持った。なぜ、花蓮はここに居るのかということだ。
寝坊した事は重罪だが、寝坊したからといって玄関が勝手に開く訳が無い。
「一つだけ聞かせてくださいますか……? なぜ部屋の中に居られたのでしょうか」
時代劇でしか聞かない様な口調で恐る恐る聞く。優の中では、これが最上の丁寧な言葉遣いだった。
「鍵が空いてたからに決まってるでしょ。オートロックだからって油断し過ぎなんじゃないの? あなたって見栄を貼っていない時はただのダメ人間なわけ?」
返す言葉がなくなった。実際、花蓮に対して全てを話した時から花蓮に対しては気が抜けていたし、学校だけでしか基本会わなかった昔とは過ごしている時間が違う。
決定的なダメさが出てしまうのも時間の問題だったという訳だ。四日目にして、ここまでのやらかしをしてしまうのは流石にどうなのだろうと自分自身で思わないこともないが。
しかし、こういう風に自分を正当化しなければ、いたたまれないなんて物ではない。
「約束のご飯、期待させて貰っていいのよね?」
花蓮は鬼のような形相を引っ込め、一転して笑顔になってから言う。
ただ、笑顔は誰がどう見ても貼り付けたような笑顔であるし、目は全く笑っていない。
この状況で「いいえ」と言う事は絶対に出来ない。選択権があるとすれば、「はい」か「Yes」のように言語を決めることくらいだ。
ハプニング(ハプニングと言えるレベルの物なのか疑問が残るが)はあったが、切り替えてダンボールの大群をやっつけにかかる。
大きいダンボールは五つ。正直これだけで十二分に多いのだが、それよりも小さいダンボールは何個もある。
中身は、本や服などが多い。本棚を組み立てるのは面倒くさすぎて断念したし、本の整理から始めようと考えたら取り出した本を読みだしてしまい殆ど進まない。
服に関しては、春の季節に着るような物は一通り取り出したが、他の季節の物はやる気が出ない。特に冬服がかさばっている。
まずは一番大きいダイニングテーブルから作り出す事にし、他の四つの大きいダンボールをスペースの確保のために玄関の方まで寄せた。
寄せながら、よくこんなに沢山のダンボールが置かれたまま生活が出来ていたものだと自分のことながら驚きが隠せなかった。
玄関はダンボールで埋まったため、仮に投げ出して外に行こうと思っても出来なくなった。
まるで背水の陣だ。由来となった話とは似ても似つかないが。
ダイニングテーブルが入った箱を開けると、まず天板の大きさに目が引かれる。
天板自体は組み立ても何もあるわけがないので、そのままの大きさというわけだ。
もちろん一人暮らし用の物なので、どちらかと言えば小さい方の物のはずなのだが、それにしても大きいという感想は変わることは無かった。
二人で天板を慎重に取り出すと、箱に残っている物は机の足や説明書、ネジなどしかなくなり全体的にがらんとした印象になる。
やはり、箱がここまでの大きさになっているのは天板があることが主な原因なようだ。
花蓮に重い物を持たせて危ない目に合わせる事があってはならないため、花蓮にはサポートに回ってもらうことにした。
テーブルの足の固定など、一人でやるのは難しい作業も多いためとてもありがたい。
固定が終わり、ネジの締まり具合を確認し、ネジ止め剤と呼ばれる接着剤も忘れずに付ける。
テーブルを起こす時は高校入試と同じ……、いや流石に高校入試の方が緊張したが、それくらい強い比喩を使ってもいいと思うほど緊張した。
テーブルを起こす時は天板を取り出す時と同様に、力仕事になってしまうが花蓮に手伝ってもらう。
完成させた上でテーブルを見てみれば、天板だけで見た時とは違って丁度いい大きさという印象を受け、安心した。
次は、テーブルのセットと言っていい椅子を作っていく。
テーブルよりも一つ一つのパーツが小さく、とても楽だ。二つ買っていたため、二人で一つずつ作ることにする。
楽とは言っても、それなりに時間がかかるもので気がつけばお昼を過ぎた頃だった。
キッチンからカップ麺を取り出したところ、花蓮から想像を絶する無言の圧を感じた。
「手伝ってあげてる私にカップ麺で我慢しろっていうの?」といった感じの、それはそれは分かりやすい圧。
すぐに冷蔵庫に飛んでいき、何かを追加すれば解決するわけでは決して無いのだが、野菜ジュースとゼリー飲料も渡す。
「え?」
たった一文字でこれほどの恐怖を与えられることは、そうあることでは無いだろう。
「――夜ご飯は何が食べたい……?」
堪らずに、話題を変える。
夜ご飯を奢ることを思い出してもらえれば、機嫌が少しなおるかもしれない。
「焼肉でいいよね?」
口調だけは優しいが、優には、「焼肉でいいよな?」としか聞こえてこない。
「――高いやつですか……?」
「仕方ないから、食べ放題で勘弁してあげる」
普段なら、仕方ないってなんだよと当然思うが、今日に関しては本当に何も言えない。
ただ、花蓮の心の広さに感謝をするのみだ。
お湯を注いでいたカップ麺が丁度食べ頃になったので、いくらか機嫌がよくなった花蓮と共に食べ始める。
実際に食事を摂ると、テーブルと椅子の大きさや高さ、デザインなどどれをとっても丁度良く、素晴らしいものだと感じられた。
やはり、きちんとしたテーブルの上で食べる食事はいいものだ。例えカップ麺だとしても。
食べ終えれば、また作業を再開する。
テーブルの組み立てがやはり大変だったようで、午後は一つ一つは簡単で時間がかからないが量がとにかく多いと言った感じだ。
大きいダンボールの残り三つを片付けても、まだ本などがあることに若干の絶望感を感じはしたが、花蓮と出てきた本の話などをしながら頑張り、気がつけば日が沈んでいた。
その時をもって、ようやくダンボールに囲まれて居た優の部屋は、畳まれたダンボールが重ねてあるだけの部屋になったのだ。
達成感に包まれながら部屋を見れば、誰が見てもいい部屋だと言うような理想的な空間だった。花蓮もどこか満足気だ。
「七瀬! 焼肉行くか!」
「おー!」
テンションがだいぶ高くなった二人は、こうして部屋を後にするのだった。
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