その手のひら返し、俺じゃなきゃ見逃しちゃうね

 授業後の短いホームルームが終わり、クラスメイトとの会話もそこそこに教室を出る。

 花蓮の少し後に教室を出て、駅までの帰り道の途中で合流するということになっていた。

 早歩きをしていくと、帰り道の中間を過ぎた辺りで桜沢学園の制服を着た人が見えてきた。

 桜沢学園の制服はとても目立つ色使いがされているため見つけやすい。余談だが、その目立つ色使いと画期的なデザインでとても評判が高い。そのため制服のために入学を決める人も居たりする程だ。

 優としては、もう少し落ち着いた色が良かった気がしなくもないが、確かにいいデザインだと感じている。

 優達が利用している駅を使う桜沢学園生は朝と同様本当に数える程しか居ないため、前を歩いている人が花蓮だと確信する。

「あさ……七瀬ー」

「あ、芹澤。思ってたより早かった。てか、呼び方間違えそうになったよね?」

「仕方ないだろ。まだ二日目じゃんか」

「それはそうだけど、学校で呼び方間違えられたらバレちゃうよ」

 たしかに花蓮の言う通りだった。でも、仕方ないというのもまたその通りだと思う。

 解決策はある。名前で呼ぶようにするというとても簡単な物だ。だが、簡単でありながら難しい。

 最初から名前で呼ぶ事はよくあるだろう。若干馴れ馴れしく感じる人も居るかもしれないが。

 しかし、苗字で呼んでいたのに、名前で呼ぶようにするというのは、周りに対して親密になった事をアピールしているかの様で照れくさい。

 もっとも、周りは最初から名前で呼んでいるんだなとしか思わないが、それでもだ。

 少なくとも花蓮は苗字から名前への変化を知っているのだから。

 呼び間違えないためだと伝えればいい事なのだが、花蓮は自分を苗字のまま呼ぶのはずるいなんて考えてしまう。

「気をつけるよ……」

 五秒ほど考えたあと、このように返すしか方法がなかった。

 まだ学校で仲良くしても怪しまれない方法も思いついてないので、後で考えればいいだろう。

 そこからは取るに足らない話しかせず、花蓮の提案で帰り道の途中でお菓子を買い込んだ事以外は何も寄り道せずにマンションに着いた。

「芹澤の部屋で良い?」

「家具と実家から持ってきた私物が詰まった箱でいっぱいだけど」

「ほんとに? 私の部屋に入りたいからって嘘ついてない?」

(なんでそんな必死にお前の部屋を見たがるんだ、同じ間取りだろ)

 思わず心の中で突っ込んでしまったが、花蓮に部屋を見せれば満足してくれるのかと思い、見せることにする。

「そこまで言うなら、部屋の中入ってみろよ」

 そして、優の部屋の玄関からダイニングへ入る扉を開けるとそこには、大きめのダンボールが五つほど並んでいる。

 改めて自分の部屋の現状を見ると嫌気が差してきた。

 1番大きい箱はダイニングに置くために買ったテーブルだろうか。その他にも、ダイニング用の椅子やテレビ台、本棚、別室に置いてある勉強やゲーム用のデスク用のゲーミングチェアといった感じに置かれている。

 せっかく1LDKなのだからと買ったのはいいが、ダンボールから出さないのでは意味が無い。

 キッチンは整理してある……というか、母親が冷蔵庫や電子レンジの場所、調理器具の収納などほとんどやってくれたため、問題ない。

 しかし、リビング・ダイニングで使えるものは、お気に入りの通称人をダメにするソファやダンボール箱の上に乗せられたテレビ、机代わりのダンボール箱の三つくらいだ。

 三つ目に関しては、家具とは言えないだろう。

「なんか、ごめんなさい……」

「言葉に困ったからって謝らないでくれよ」

 伊達眼鏡の事をはじめとして、花蓮は時々ヤバいだとか色々思っていたが、自分も花蓮に何も言えないダメ人間だと自覚させられ辛くなった。現実からは逃れられない。

「次の休日手伝ってくれないか?」

 組み立てが必要な家具も多いことが、こうなってしまっている一つの原因だったため、思い切って頼んでみることにする。

「――ご飯奢りなさいよ?」

「もちろん!」

(花蓮様と呼んだ方がいいのかもしれない)

 先程は色々と失礼な事を考えていたのに、誰もが見逃すのではないかと言うほどの速さで優は手のひら返しをするのだった。

 優のダンボール地獄な部屋に希望が見えたところで、花蓮の部屋に向かおうということになる。

 花蓮の部屋は、少しダンボールが残っている程度で十分片付いていると言えるものだった。

 お菓子を買ったり、優の部屋の有様を確認したりなど時間が押してしまっているため早速勉強を開始する。

「英語得意なままなのよね?」

「うん。 数学得意なままなんだろうな?」

「当然でしょ?」

 どうやら、思っていた通り得意科目はお互いに変わっていないようだ。

 花蓮からのチャットに対して、何の科目の事を言っているのか聞かなかった理由は、優は英語が、そして花蓮は数学が出会った時から圧倒的に得意だったからだ。

「でも、英語は相変わらず嫌いなのか?」

「ドヤ顔しないでくれる? どうせ数学出来ないくせに」

「表情変えてないけどな? あと、数学は関係ないだろ!」

 この通りお互いの得意な物がお互いに苦手というのも中一の頃から顕著だ。

 実際、二人とも得意と不得意の差が大きすぎて、他人からそれを疑問に思われることは日常茶飯事だったように思う。

 全国平均などと比較すれば、優の数学や花蓮の英語は平均より少し上という評価になるだろう。しかし、桜沢学園に入った以上、全国平均と比べた評価など無意味だ。

 本当に科目別での最下位が見えてきてしまう。

 優からすれば、英語がなぜ分からないのかが分からないと言いたくなってしまうが、それは花蓮からしても同じことなのだろう。

(ちくしょ、数学もきちんと出来たら俺がデカい顔出来たのに)

 珍しく優に悔しいという感情が現れた。

 別に勝負をしている訳ではないが、総合点で花蓮に負けることはあってはならないと強く思う。


「主語とか修飾だとか、そういうのを意識して読むんだって! 前から順番にアルファベットを目で追ってるだけになってるんだよ」


「公式くらいちゃんと使えるようになりなさいよ。日常生活で道具使うのと一緒よ! とにかく便利なんだから」


 こんな具合にお互い熱の入った指導をしつつ試験対策を進めていると、気がつけば午後九時を過ぎた所だった。お菓子を食べながらやっていたとはいえ、流石にお腹が空く時間だ。

「そろそろお開きにするか」

「お腹ぺこぺこ」

 勉強の途中から、明日のテストという共通の敵に対して愚痴を言い合っていたからか、勉強の疲れはあまり感じなかった。

 聞く人が聞けば罵詈雑言と表現してもおかしくない程の物だったが、それを知るのは二人だけなので問題はない。

「場所貸してくれてありがとう。おやすみ」

「おやすみ」

 家に居れてもらったお礼と別れの挨拶を簡単にして、優は自分の部屋に戻った。

 食事やシャワーを済ませ、ベットに入って一段落した時、少し悔しいが、花蓮と一緒に勉強をしていつもより捗った気がした。

 慌ててその思いを打ち消しながら眠りにつくのだった。



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