ご飯選びって後悔しがちだよね

 繁華街が近づいてきた。

 繁華街と言っても、人で溢れかえっていて身動き一つ取るのも難しいだとか、誰かが喧嘩していたりする訳ではない。

 この繁華街の心地よい喧騒とそこらじゅうで煌々と光るライトが、初めてここを訪れる優に安心感を与えていた。そして、花蓮も同じく安心感を覚えているのか、穏やかな顔をしていた。

 そんな平和な時間の中で、静かに戦いが始まろうとしていた。

 そう、"どこのお店に入るか戦争"だ。

 正直に胸の内を明かせば、別に店なんてなんでもいいとお互いに思っている場合も多い。

 お店によっては、和食、洋食、中華など幅広く揃えている所もあるし、そうでなくても洋食屋、中華料理屋などとなっていれば十分にメニューに幅がある。

 しかし、ここでどこでもいいと口にしてしまえば、後でもう少し考えれば良かったと思ったり思わなかったりする。考えてお店に入るという過程が大事なのだ。

 もはや"どこのお店に入るか"というより、"どうやって自分に満足感を与えるか"の戦い。

 戦いの相手は花蓮ではなく、自分自身だ。

 昼ご飯は何を食べただの、ここのお店は綺麗だなどと意見を交換し、結局見慣れた看板のチェーン店に入った。

 一体先程までのやり取りの意味はあったのか疑問に思わないこともないが、考えないでおく。

 いくら自分で考えてお店に入る過程が大切だとは言っても、引っ越しをして、高校生になったのだから少しくらい代わり映えする店にも入ってみたいものだ。

 席に案内されて一息つくと、花蓮が口を開く。

「結局代わり映えしない店にしちゃったね。まぁ、魚じゃなかったら何でも良いくらいにしか考えてなかったし良いんだけどさ。」

 うん、同意見だ。

 魚じゃなければいいと考えていた2人はステーキやハンバーグを扱うお店を選んだ。

 メニューを手に取って、半ば癖ようにハンバーグのページを開いたが、たまにはステーキを選んでみようかと思い直す。

 そうしてみると、店は同じでも案外新鮮な気がするものだ。

 そして、店員を呼んで注文すると、まさかの2人とも同じものを選んでいた。

 もっとも、優の選んだメニューは1番目立つ所に書いてあったので、そんなにおかしいことでは無いのだが。

「ステーキ派なの?」

 何気なく優が聞く。

「いや、ハンバーグ派。けど、たまには変えてみて新鮮さを感じたいと思ってさ。」

 思わず言葉を失いそうになった。

 何故ここまで同じ思考回路をしているのだろう。自己紹介で嘘をついたら同一の思考回路になってしまう呪いでもあるのだろうか。

 もちろん呪いなんてあるはずもないし、気が合うからこそ再会したばかりでもご飯に来るくらいに仲が良くなったのだが。

 優と花蓮が出会ったのは、中学一年生の時だ。

 仲良くなったきっかけは、たまたま同じクラスで、たまたま席替えをしたら隣になったというだけだ。

 初めて花蓮を見た時は、メガネがよく似合う子だというくらいの印象しか無かった。

 向こうも自分に対して、これといった印象はなかった事だろう。

 そんなお互い気にも留めていなかった者同士が、席替えをきっかけに仲良くなるなんてきっとありふれた出来事だ。

 その出来事を奇跡だと呼べばそうなるのかもしれないが、ただの偶然としか優にとっては感じられない。いや、こんな遠くの高校で再会してしまうのは奇跡かもしれない。

 もちろん悪い意味で。

 こうして、2人はお互いをしっかりと認識するようになった。雨が増えて、じめじめしてきた頃の出来事だった気がする。

 花蓮と隣の席になって最初に気づいたことは、とても知的な少女であるということだ。

 メガネの効果もあったのかもしれないが、本人が知的で無ければ、関わった上でそのような印象を覚えることはないだろう。

 知らないことに対しても、好奇心を持って聞いてくれた花蓮との会話は楽しいものだったし、尊敬出来た。

 そして、人に思いやりを持つことができる所が花蓮の何よりの良さだ。

 授業中もかなりの時間二人で話していたように思う。半分くらい、いや七割くらいは授業に全く関係ない話だった気がしなくもないが。

 気がつけば、夏休みに入る前にはだいぶ仲良くなっていた。

 詳しく覚えていないけれど、夏休み中には何回か遊んだはずだ。

 しかし、学年が上がってクラスが変わると、生徒数が多いこともあって学校で会うことが無くなってしまい、疎遠になってしまっていた。

 ふと、気になっていた事を花蓮に聞いた。

「コンタクトに変えたの? 昔はメガネしてたよね?」

 花蓮が同じクラスに居ることに気が付かなかったのは、メガネをつけていなかったというのが大きい。

 花蓮だと言われれば分かるが、知り合いが1人も居ないと考えていた優にとっては、約二年ぶりに会うメガネを外した同級生が知り合いだと一瞬で見抜くのは困難を極める。

 玄関先では、顔を凝視したために気がつくことができたが、自己紹介の時でもなければ、人の顔をまじまじと見ることも少ないだろう。異性ならば尚更だ。

 他の人の自己紹介をきちんと聞かなかったのが悪いと言えば、そうなのだが。

 花蓮は少し恥ずかしそうにしながら言う。

「実はあれ伊達眼鏡なの。眼鏡って知的に見えない? 視力は1.5は多分あるんじゃないかな」

 さっき知的な人だと、自分の中で花蓮を評した事実をすぐにでも消し去りたくなる。

 そんな理由で伊達眼鏡をかけ続ける人なんて他に存在しないのではないだろうか。

「――知的に見えるかもしれないけど、その発言でメガネの効果は綺麗に吹っ飛ぶよ……」

「なんでよ! そんな意地悪言わないで!」

 ぷくっと頬を膨らませながら、どこか責めるように上目遣いで優を見てくる。

 昔は同じくらいの目線だったが、流石に2年経った今では優の方が圧倒的に背が高い。

 そのせいもあるのか、昔から花蓮に感じていたあどけなさみたいなものが更に感じられた。

 やはり二年経っても変わっていないなとどこか安堵する気持ちが湧いてくる。

 そこに丁度注文したステーキが届く。

 花蓮をあどけないなんて思っていることがバレたら大変だ。それを隠すように優はステーキを食べ始めるのだった。



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