謎の少女の正体

 インターホンの音で目は覚めたものの、優の頭は全く回っていなかった。

 その結果、あろうことかインターホンで確認せずにドアを開けてしまう。

 インターホンの反応無しに開いたドアに驚いた様子の人物は、いきなり幸せかどうか聞いてくるおばさんでも、布団を売りつけてくるセールスマンでもなく、同い歳くらいの普通の少女だった。

 意識がボーッとしていたために、意味もなく少女の顔を凝視してしまい、初めて会う人ではないような感覚を覚える。

「――朝比奈...?!」

 少し緊張した様子の少女にそう問いかける。

「――芹澤ってもしかしてあの芹澤...?!」

 驚いた様子の少女もこう問い返してくる。表札か何かを見たのだろう。

「芹澤優だよ。朝比奈花蓮なんだよね?」

「あなたからしたら朝比奈かな。今は苗字が変わって七瀬だけど。」

 そして、優の上の部屋に引っ越して来たので、遅れたが挨拶をしようと思って来た事を伝えられた。

 だが、優は上の階に引っ越してきた事よりも七瀬に苗字が変わったという事に驚いてしまった。

「七瀬ってあの七瀬か?!」

「え? あのって何よ。」

 意味が分からないという顔で花蓮は見てくる。

鈴木や佐藤という苗字なら何も疑問に思わなかった。しかし、七瀬なんて苗字はアニメや漫画の世界ではないのだから、かなり珍しい。

「今日の体力測定でボールペンを貸したか?」

 優のこの言葉で花蓮の様子は一気に変わった。

「なんであなたがそんなこと......え? クラスの芹澤ってあなたなの?!」

 2人とも思考がまとまる前に喋るせいで余計に混乱してしまう。

 何とか混乱を収め、お互いの話をまとめる。

 優は自己紹介の緊張と、終わった安堵によって他の人の自己紹介を聞いていなかったこと。

 ボールペンを見て、同じ中学出身の人が居ると知り、嘘をついた事を暴露されるのではないか悩んでいたことを打ち明ける。

 花蓮は見た目が全然違ったこと、何より海外に居たという話から自分の知り合いだとは思わなかったこと。

 親の離婚によって母方の姓から父方の姓に変わったことを打ち明けてきた。

 そういえば花蓮の家はいい家柄だと聞いたことがあったが、どうやら母方の方がそうだったらしい。

 ついでに、髪が崩れすぎていて学校で会ったとは気づけなかったことにも言及されたがアルカイック・スマイルで切り抜けた。

 髪なんて気にしない程悩んで居たのだ。ゴロゴロしていたとも言う。

 話がまとまった所で、花蓮から尤もな事を言われた。

「なんで海外に行ってたとか色々自己紹介盛ってたわけ?」

 非常に恥ずかしかったが、挽回の余地は残されていないため正直に経緯を話した。

 経緯を聞いた花蓮は黙ってしまい、何かを考えているようだった。今の状況で黙られると、非常にいたたまれなくなるのでやめて欲しい。

 優が感じているよりはずっと短い沈黙の後、花蓮が何かを決心したような様子で話を始める。

「実は、私も色々盛っちゃったのよ。誓ってあなた程では無いけれど。」

 詳しく聞けば、花蓮も自己紹介の時に海外に居たと嘘をついたらしい。後は、周りの女子と話した時にちょっと、だそうだ。

 ちょっとの内容が気にならないと言えば嘘になるが、追求するのはやめておいた。

 そんなことよりも花蓮が高校生活では変わりたいという優と同じ願いを持っていることが嬉しかった。

 そのための嘘なら仕方ない、自分に言い聞かせるかのようにそう思った。

「これで協力者って事でいいのよね?」

 花蓮がまだ少し恥ずかしそうにしながら聞いてくる。

 "協力者"いい響きだ。

「もちろん、よろしく。」

 間髪を入れずにそう返した。

「よろしく。晩御飯まだでしょ?どこか食べに行かない?」

 ただし、髪はきちんと直して学校の時みたいにしてよね。と付け加えつつ花蓮が誘ってきた。

 断る理由もないので了承する。

 予想外の再会ではあったが、心の中のモヤモヤは無くなった。

 急いで準備をして、2人で繁華街の方に足を向けるのだった。

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