第3話
あの日から一週間が経った。僕はあの日以降屋上には行かなかった。実際は屋上の入り口に居たのだけれど、それは死ぬためじゃなくただ一人になるための目的に戻っていた。僕の頭の中にずっとあったのは彼女の事だけだった。あれから彼女は毎日音楽室にいる。時々屋上に出て教室を眺めれば彼女の姿があった。それは僕がいつ来ても良いようになのか。それとも僕が知らないだけでいつも居たのか。僕には分からないけれど気になって仕方なかった。彼女は立花だと、隣のクラスだと自己紹介してくれたけど。下の名前は。隣のクラスとはどっちだろう。四組、それとも二組だろうか。彼女は僕のことを知っていたようだけど僕は自分から自己紹介できてなかったな。礼儀としてちゃんと挨拶はした方が良いんじゃ無いだろうか。そんなもっともらしい理由を見つけて僕は音楽室へと急いだ。
「立花さん」
彼女の名を呼ぶ僕の声は蚊の鳴くような自信の無い声だった。ピアノを弾く彼女には到底届くとは思えない。それなのに彼女のピアノは止まり僕の方へ近づく。
『来てくれたんだ』
そうホワイトボードに書く彼女は嬉しそうに体が揺れていた。
「立花さんは自己紹介してくれたのに僕はまだだったから。」
そんな今さっき思い浮かんだ理由を口にすると彼女は笑った。
『私もちゃんとした自己紹介はしてないよ。じゃあ今日は私のことたくさん知ってもらおうか』
なんて彼女は今日も明るかった。
『私の名前は立花琉那(たちばなるな)』
彼女が音楽を好きになった理由は一人っ子だったことから始まったらしい。ご両親は共働きで祖父母の家に預けられていたそうだ。祖父はロックが大好きで、祖母はクラシックが好きなのだと。立花さんは音楽の良さを熱弁され育ったからだという。
『私は音楽のジャンルの特に何が好きとか無くてとにかく色んなものを聴いた』
そう言う彼女。確かに僕と初めて会ったときはエレキギターでロックを弾いていたのに、今日来たときはピアノでクラシックを弾いていた。
『流行のポップスとかも聴いたりするよ。好みじゃ無ければ繰り返し聞いたりはしないけど』
音楽が大好きでも好き好みはあるのだと少し面白く感じた。この作詞家が好き。この編曲家、作曲が好きと好みの楽曲も教えてくれた。生憎何一つ僕は知らなかったけれど彼女の熱量は文字からでも伝わるほど熱いものだった。
『歌詞は声が出ないから無理だけど、曲は弾くよ』
そう言った彼女はピアノへ足を運ぶ。ピアノを弾く彼女を僕は今日初めて見た。ギターを弾く彼女とは確かに顔つきが違うのに楽しそうに弾く姿は変わらない。弾いているのを聴くと彼女の好みは幅広かった。知識の無い僕にはジャンルも分からないし、共通点なんてさっぱりだ。でもなぜか一曲一曲にある背景が浮かび上がっているように見えて僕はその音達にのみ込まれた。
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