第32話 漆黒の巨人

「アンジェリカ、わかってるな?」

「ええ、ナノマシンの回収ね?」

「その通りだ。少々荒っぽいが回復魔法を手に入れたからな。手っ取り早く返してもらおう」


 WO-2はミレイユ王女の右手を取って、持ち上げた。


「痛覚をカットしたわ」

「よし。後は任せてくれ」


 WO-2の右手、その人差し指の爪が王女の手首に傷を入れた。切られた動脈から吹き出そうと血液が押し寄せる。


「ヒール」


 右手をかざしたWO-2が回復魔法を傷口に掛けた。しかし、その魔力は最小に抑えられ、「血は噴出さないが傷口もふさがらない」というバランスを作り出した。


 緑の光がミレイユの右手首を包んで、脈動している。

 傷口の状態には何も変化が無いように見えたが、徐々に周りの皮膚の色が変わって行った。


「出て来たな」


 血液中のナノマシンが傷口から手首の表面に広がっているのだ。

 やがて銀色の輝きが手首から肘まで覆った頃、アンジェリカが脳波通信で語り掛けて来た。


<終わったわ。王女様の体内にワタシ・・・はもういない>


「そいつは良いニュースだ。一国の王女様に寄生虫をたからせたままってのは気まずかったんだ」


 WO-2は「ヒール」に込める魔力を強め、王女の傷を完全に癒した。


<失礼ね。「守護精霊」と呼んでほしいわ>


「王女の命を守っていたことは確かだけどね」


 WO-9が会話に加わった。


「随分迷惑もかけたと思うよ」


<WO-9までレディの敵に加わらないでちょうだい。さ、腕を出して>


「ミレイユ王女、お手をお貸しください」


 アンジェリカが憑りついていた時とは態度を変え、WO-9は王女の前に跪いて、その華奢な手を取った。

 王女の腕を覆う銀色のナノマシンは水銀が流れるようにWO-9の手に移り、やがて袖を潜ってその姿を消した。


<やれやれ。これで本来の持ち主に戻ったわけね。こんなことなら、注射してから転移させればよかったわ>

<でも、それじゃ王女を救えなかったじゃないか。結果を見れば、これでよかったのさ>

<ブラザー、お前サンはあの頭痛の苦しみを味わっていないからそんなことが言えるんだぜ>

<ごめんよ、ブラスト。そうだった。あの注射はキミのための「保険」でもあったね>


「勇者様! お2人とも復活されたのですね!」


 痛覚カットの影響で意識がぼんやりしていたミレイユ王女は、ようやく現実をはっきり認識した。

 ついでにWO-9に握られたままの右手に気付き、頬を赤く染めていた。


<スバル、あなた役得を楽しむタイプよね。お姫様の手を離して上げなさい>


「おっと、これは失礼いたしました。おかげさまで2人とも万全の状態に戻りました。お礼申し上げます」


 WO-9は王女の手を離し、深く頭を下げた。


「そ、それでこれからお2人はどうされますか?」


 頬を染めたまま離された右手を抱きしめるようにして、王女は2人のサイボーグに問い掛けた。


「ゆっくりお茶でも楽しみたいところだが、害虫が出て来る穴がまだ残っているんでね」

「ボクたちはもうひと働きしてきますよ――」


「愛と正義の名のもとに!」


 最後は声を合わせ、2人のサイボーグ戦士は誇りを込めて言い切った。


「それじゃあお姫様、お茶の用意をして待っててくれ。ああ、オレ達は飲めないんでアンタの分だけな?」


 ウインク1つを残像にして、サイボーグ戦士は聖廟から消えた。


 ◆◆◆


<ブラスト、新システムの調子はどう?>

<あの痛みが嘘のようだ。今ならICBMでも何でもオレ1人で叩き落せるだろうぜ>

<魔核を完全に手懐けたんだね。それは良かった>


 WO-9にとって苦痛に叫ぶWO-2の姿は忘れられない光景であった。痛みを知らないサイボーグだけに、苦しむさまが胸に突き刺さったのだ。


<そういうお前サンの方はどうだ? ODの連続使用でボディに負担は出ていないか?>

<まったく異常なしさ。この状態で魔人とやり合いたかったよ>

<まったくだ。お互いに苦労させられたからなあ>


 超音速での移動は短時間で終わり、2人は魔界に通じる洞窟へとやって来た。


「さて、いよいよ害虫の巣を掃除する順番だな」

「後腐れが無いように、きれいさっぱり掃除しようか」


 2人は肩を並べて洞窟を下って行った。


 やがて広々とした空間に出た。ここは辺境の町ロジアンの冒険者ギルドが魔物にレイド戦を挑んだ場所であった。4重に築かれていた防壁はすべて崩され、がれきの山がそこかしこにできていた。


「これは……ひどいね」


 石や土壁の残骸には焼け焦げた跡が残り、溶岩化したまま固まった場所も存在した。

 残骸を乗り越えて進むと、反対側の壁にぽっかりと口を開けた穴が見えた。


「あれが魔界に通じる穴だな」

「土嚢を積んだくらいじゃあの魔物たちは止められなかったんだね」


 ここにも洞窟を取り巻いて崩された土嚢や岩の残骸が散らばっていた。


「新しくここを通った奴はいないらしいな」

「あの魔人クラスの奴がうようよいたらたまらないからね」


 サイボーグたちでさえほとんど相打ちに近い状態でやっと倒した相手である。この世界の人間には1体でも手に負えまい。


「奥にはあいつら以上の化け物がいるかもしれない。気を引き締めて行こう」

「ロジャー・ザット。胸に穴を開けられるのは一度でたくさんだぜ」


 2人はレーダー、ソナー、熱源探知などの警戒装置をフル稼働して敵の奇襲に備えながら進んだ。


「……いるな」

「エネルギーの反応が大きい」


 WO-9はレイガンを構えた。


「こいつにも奇襲は効かないだろうが、飛び込むと同時に攻撃を浴びせよう」

「ああ、こっちは魔法攻撃を空中から掛ける。ありがたいことに大広間になっているようだからな」


<オーケー。オン・スリー。3-2-1、ゴー!>


 WO-9のカウントで2人は敵のいる空間へと飛び込んだ。


 攻撃を仕掛ける瞬間2人が見たのは、広間の中央で岩に腰掛ける3メートルの漆黒の巨人であった。

 巨人はサイボーグたちを視認しているにもかかわらず、岩から立ち上がろうとはしなかった。


 委細構わずWO-9たちは初撃を仕掛ける。


 空中高く飛び立ったWO-2が火炎弾を連発して、上空から浴びせかけるのに合わせて、WO-9は巨人の膝にレイガンを集中させる。


 巨人は片手を上げただけで火炎弾を受けきり、レイガンに至っては避けもせず当たるに任せた。レイガンのパワーは通常の2倍に上げていたが、巨人に痛痒を与えることができなかった。


<ブラスト、こいつは魔人以上に堅い! 出し惜しみはなしだ。OD2を全開にしてレイガンを叩き込むよ>

<了解! こっちも最高火力で魔法をぶっ放すぜ!>


 その時、巨人が立ち上がった。と思うと、姿を消して一瞬後にはWO-9の横に姿を現す。


(疑似瞬間移動!)


 WO-9はOD2で敵の前から姿を消した。今までたっていた場所を巨人の拳が通り抜ける。

 動きの止まったところをWO-9のレイガンが巨人の膝に連射された。通常の10倍に出力を上げてある。


 1射ごとにレイガンの回路が破壊されるが、1射ごとに賢者の石によって復元される。


 膨大なエネルギーの奔流を浴びて、さしもの巨人も膝から煙を上げてよろめいた。


(これでもか? 巨人の守りってどれだけ堅いんだよ?)


 ゴゴーッ!


 巨人の頭上から、巨大な火球が降り注いだ。


「火球!」

「ちょっと、ブラスト! その技名を後から宣言するスタイル、止めた方が良いと思うよ」

「気にするな。これは『美学』という奴だ」


 火球を追い掛けるように下降してきたWO-2は炎の中から現れた巨人にすぐさま巨大な氷柱を浴びせる。


氷槍アイシクル・ランス!」


 巨人の足元に黒い影が揺らめき、ぼやけるように姿が消えた。


「離脱!」


 叫びながらWO-9はOD2を使い、巨人が立っていた場所・・・・・・・・・・に向かってダッシュする。

 入れ違いに消えていた巨人がWO-9がいた場所に姿を現した。


「GwooaaaaAA!」


 攻撃が不発に終わり、巨人は怒りの咆哮を上げた。


「疑似瞬間移動くらいでオレたちとスピード競争しようとは、思い違いも甚だしいぜ。出所の決まった猛ダッシュなんぞに負けるもんかい」


 空中に離脱していたWO-2が巨人に雷撃を浴びせる。

 巨人は魔力でガードした右手を上げてこれを防ごうとした。


 そこへ地上からWO-9が10倍レイガンを連射しながらOD2でショルダーアタックを敢行する。


 巨人はわき腹から煙を上げながら、吹き飛ばされた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る