第13話 魔物の氾濫

 紅蓮の炎であるはずのフレアが白い炎に飲み込まれていた。胸を縫い留めていた鉄槍が、飴のように溶かされていく。


「何だ、あの温度は? あれは……フレアではない?」


 中央の柱を失って、シヴァのいましめも力を失って消えた。

 魔物は傷つきながらもゆらりと立ち上がった。


「くそっ! しぶとい野郎だ。もう一度足元だ! 氷魔法、撃て!」


 号令を発するドーソンに向かって、魔物は煙と炎を上げ続ける胸を突き出した。


 しゅーーーっ!


 大量の空気を吐き出す音をさせながら、胸の炎が勢いを増す。

 その色は真っ白で、眼を焼くほどに明るかった。


「そ、そうか! あれは、『白熱流』!」


 それがドーソンの最後の言葉となった。


 魔物とドーソンを結ぶ直線。その上を白熱の光がほとばしった。


 ドーンッ!


 ドーソン諸共防壁の上部をもぎ取って、魔物が放った白熱流は天井に深い穴を穿うがった。


「だ、団長ーっ!」

「何だ? 何があった?」


 あまりにも一瞬のことで、ドーソンが討ち取られたことに気付かぬ者がほとんどであった。


「団長が~! 団長が~!」

「団長がどうした? どこに行ったんだ?」


「団長がやられたーっ!」


「何だとっ? そんな馬鹿な!」


 命令系統を失い、団員たちは混乱した。まずいと見たイメルダが走り出し、壁の上部へと駆け上がる。


 その間、魔物は一歩一歩、第1の壁に近付いていた。


「団長は負傷した! わたしが指揮を代わる! うろたえるな! 氷魔術準備、足元に集中! 3、2、1、てーっ!」


 再び魔物の足元に氷魔法が集中する。ぴたりと足を停めた魔物は、足元の氷を見下ろした。


 ぱかり。


 顔半分に切れ目が入るほど大きく口を開けると、魔物は白熱した溶岩を口からだらだらと垂れ流した。

 氷も、足も、地面まで燃やして、溶岩は真っ赤な炎を上げた。


「GrrrrrrrrRRRR!」


 とろけた足を踏み出して、魔物は再び前進を始める。


「ええい、怯むな! 氷魔法! 3、2、1、撃て―っ!」


 魔物の足元に氷魔法が飛んだが、凍るより先に魔物を包む炎に溶かされてしまった。


「続けろ! 3、2……」


 ぶしゅううううっ!


 轟と空気を震わせる音と共に、魔物の胸から白光が迸った。


 どーーーーんっ!


 イメルダがいたはずの場所には、円く切り取られた穴しか残っていなかった。


「うわわわわわっ! 副団長がやられたぁーっ!」

「うわーっ! 攻撃が通じねぇーっ!」

「だめだっ! 逃げろ!」


 相次いで指揮者を失ったレイド・チームは総崩れとなった。

 

 どーーんっ!

 どーーんっ!


 続けざまに洞窟を揺るがす大音響が走り、ついに4つの防壁はガラガラと音を立てて崩れ落ちた。


「もうだめだ! 逃げろ――!」


 振り向いた団員は走り出そうとしていた足を停めた。


 指揮者2人を打ち倒した魔物が、体中から炎を上げながら燃え落ちて行く。


「Gmmmmm……」

 

「あ、ああ。団長ー! やりましたよーっ!」

 

 助かったと息を吐き出そうとした時、魔物の背後に通路が見えた。

 「塞いだはず・・・・・の通路」が黒々と口を開けていた。


「えっ? 嘘だ……。嘘だー。そんなことぉー……」


 がくがくと膝を震わせながら金縛りにあって動けない団員は、うぞうぞと通路から這い出て来る魔物の群れを見た。


 さっき燃え尽きた魔物にそっくりな黒い巨人。巨大なさそり。口元から炎を拭き出すオオトカゲ。5メートルを超える大蛇……。そんなバケモンがひっきりなしに穴から這い出て来る。


「う、うわあああ。助けてくれー!」


 ようやく身を翻して走り出した男の頭上に黒い影が差した。咄嗟に地面に身を投げて回転しながら立ち上がると、嘴が1メートルもある翼竜が飛び抜けて行った。


 男の片腕をくわえて――。


「ぎゃぁああっ!」


 肩口を抑えて倒れた男に大蛇が食らい付き、一息に飲み干した。


 

 その日、レイド・チームは誰一人として街には帰り着かなかった。

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