第12話 魔物 vs. レイド・チーム

 魔物はまどろみの中でその声を聴いた。本来生物ではない魔物に眠りは必要なかった。

 しかし、冒険者との戦いで負った傷を癒すために休息していたのだ。


 自らむしり取った首は生え変わった。


 シブキに断ち割られた胸の傷も粗方癒えてふさがっていたが、まだ傷跡は柔らかく、強度が戻っていなかった。

 洞窟に響いて伝わって来た叫び声は鬱陶うっとうしく、魔物の神経を逆なでする物であった。


「Gwrrrrrr……」


 魔物は苛立たし気に立ち上がった。そして、声のする方へと歩き始めた。

 歩きながら段々と気分が高揚してくるのを感じる。


 生命が、貪り食われるのを待っている。魔物に空腹は無いが、生命力に対する飢えがあった。

 数十もの生きの良い命が、魔物に食われるのを待っている。


 早く食らいつくしてくれと呼んでいた。


 獲物の匂いが通路中に満ち始めた頃、魔物の前に狭い通路の切れ目がぽっかりと口を開けていた。

 ここを出れば「獲物」がいる。魔物は期待に震えながら、広場に足を踏み入れた。


「よしっ! 正面から攻撃! 魔物を引きつけろ!」


 ドーソンの号令が飛んだ。


 魔物の大きさに気圧されそうになりながらも、正面に立つAチームの冒険者たちは遠距離攻撃を飛ばした。

 矢と火魔法が魔物目掛けて集中する。


 火魔法の大きさと威力を見て取った魔物は、避けるまでもないと左肩を前に出した姿勢で真っ直ぐ進み始めた。大きな肩に当たり、矢も魔法も傷らしい傷も付けられずに弾かれて落ちた。


「くそっ、硬いな。構わん! 下がりながら撃ち続けろ。2人1組で後退しながら攻撃!」


「イメルダ! どう見る?」

「首を自らむしり取ったという話ですが、生え変わってますね。皮膚の色が若干薄いので間違いないようです」

「糞ったれが! 厄介な再生能力だぜ。他には?」

「シブキが断ち割ったという胸の傷。あそこはまだ万全じゃない。攻めるなら胸です!」

「よし! 良い情報だ」


 イメルダはギルドの戦術参謀であった。魔物の生態に詳しく、観察力が鋭い。他人には見えぬわずかな変化を捉える眼力に長けていた。


「遊撃隊、壁の内側に入れ! 狙撃班、壁の上から援護しろ! ここからは楽しい根競べだぞ」

 

 4重の防護壁を「砦」に見立てた防衛戦を展開しようと言うのだ。長期戦になるほど防衛側が有利になる。


「再生能力がどこまでの物かだな」


 敵の力を徐々に削り、時間を掛けて倒そうという時に、際限なく再生されるのは厄介であった。だが、魔物の再生能力は完璧ではない。一瞬で元通りになるわけでないことは胸の傷口が示している。

 ならば、どこかに限界があるはずであった。


「各班に伝達! 胸の傷跡を狙わせろ」

「油断させておいて、ここぞというところで攻撃を集中する手もありますが……」


 イメルダは副官の役割として、意見を具申した。


「それも考えた。だが、一気に押し切れなかったら手詰まりになる恐れがある」


 シブキの敗因がそれであった。


「警戒されても攻撃機会を多くした方が良い。胸の傷跡と目に攻撃を集中しろ!」

「了解しました!」


 壁の前に出撃していた遊撃班の撤退が完了し、Aチーム20名は籠城の構えに入った。


「ムダ撃ちするなよ。籠城を始めたら長期戦が前提だ。十分引き付けてから撃て」


 ドーソンの指示通り、Aチームは魔物が第一の壁に取りついたところで攻撃を開始した。

 20名を5名ずつの4組に分け、3組は1時間交代で壁の上から攻撃に当たる。1組は壁の隙間から外に出てはかく乱のための攻撃を行い、また壁の中に隠れるという戦術であった。


 3組については1時間戦って2時間休むというサイクルを繰り返すことになる。最初から長期戦狙いの戦い方であった。壁の外への出撃組については上から戦況を監視するドーソンの指示によって動くタイミングを決めていた。不規則に攻撃を仕掛けて、集中を乱し敵を疲れさせようという作戦であった。


 魔物の体には狭すぎる壁の隙間に腕を突っ込み、破壊しようと試みる魔物に対し、冒険者たちは壁の上から魔法を仕掛けた。硬化の魔法を重ね掛けした土壁は滅多なことでは壊れない。氷魔法は面白いように当たり、魔物の動きを鈍らせる。


 魔物の外皮に真っ白い霜が降り、氷が張って行くが、魔物にダメージは見られない。時たま大技の氷柱や氷弾をぶつける者がいるのだが、硬い外皮に阻まれて傷を負わせるところまでいかない。


「顔と胸だ。奴を振り向かせて、顔と胸を狙え!」


 壁の上から叫ぶドーソンに向けて魔物が口から火球を吐き出すが、即座に壁から離れるドーソンにはかすりもせず、天井に向かって飛んで行った。上を向いた魔物の顔目掛けて、魔術師がつららを飛ばすが魔物は頭を振って弾き飛ばした。


「諦めるな! 何度でもしつこく狙えよ!」


 ドーソンはすぐさま壁の上に戻って、隊員を鼓舞する。籠城戦は士気の維持こそ命だ。


 その時、気配を殺していた別動隊が魔物が出て来た通路脇に積んで置いた土嚢を崩した。

 さらに土魔術で大地を盛り上げ、硬化の魔法を重ね掛けして固める。


 大音響を聞いて振り向く魔物に遊撃隊が左右から氷魔法を仕掛ける。氷に体を覆われた魔物は制限された動きの自由を取り戻すため、全身に力を込めて氷の戒めを砕き割った。


 その間に頭上チームが霧の魔法で視界を塞ぎ、混乱に乗じて工事班と遊撃隊が壁の隙間へと撤退する。


 霧が張れると、魔物の姿は壁から遠く離れた位置にあった。


「総員警戒! 相手は体当たりかジャンプを仕掛けて来るぞ! 氷魔法用意! 号令を待て!」


 ドーソンのの姿を見つけた魔物は、彼が立つ壁の真下に向かって疾走を開始した。


「まだだ! 待て。よし! 足元・・に氷魔法集中!」


 魔物と第1の壁を結ぶ直線上に、大量の氷魔法が投下された。一瞬にして凍り付く大地。

 魔物は氷に足を取られて仰向けにひっくり返った。そのまま壁に向かって滑って来る。


「鉄槍をよこせ! 怨敵退散、シヴァの鉄槌!」


 ドーソンは青光りする雷を纏わせた鉄槍を、渾身の力で投げ下ろした。

 狙いあやまたず、魔物の胸を鉄槍は貫いた。


 ドーン!


 音速を越える雷の衝撃に、洞窟内の空気が爆発するように震えた。


 血と煙、蒸気を噴き上げながら鉄槍が刺さった魔物の胸が燃え上がった。


「うぉおおおおお!」


 ドーソンの強烈な魔法を目撃して、ギルドメンバー全員が雄叫びを上げる。


「油断するな! 野郎はしぶといぞ。反撃に注意!」


 言いながらドーソンは二の矢を用意する。魔物に鉄槍が刺さった今が雷魔法の好機と見たのだ。


「ふん。ふん。ふん。ふん! 焼き尽くせ、シヴァのいましめ!」


 続けて投じられた4本の鉄槍が魔物の左右、大地に深く突き刺さった。ドーソンは宣言と共に再びその手から雷光を飛ばした。


 魔物は己を大地に縫い留めている鉄槍を引き抜こうと両手を焦がしながらもがいていた。そこに第二の雷光が追い打ちで襲い掛かる。


 ビシャン!


 魔物の腕を弾き飛ばして胸に刺さる鉄槍に落ちた雷は光を失わないまま、そこから左右4本の槍に稲妻を飛ばした。5本の槍が「×」印の稲妻に結ばれた縛めとなり、周囲の槍が中央の槍に雷撃を送り続ける。


「GrGowaAAAA……!」


 魔物は全身を流れる電流にけいれんしながら、胸の傷から滝のように血を流した。吹き上がる煙と炎がさらに大きくなる。


「よし! 火炎魔法が使える者は胸の中央に攻撃を集中。『フレア』準備。3、2、1、撃て!」


 ゴォオオオオオオッ!


 魔物の胸、中央から真っ赤な炎が音を立てて燃え上がった。


「炎が弱まったら、『フレア』を追加するぞ! 踏ん張れ、野郎共!」


「GwoaaA! GrrrwoaaAAAA!」


 魔物は苦痛に身をよじっているようだった。


「いいぞ」

「いけるかもしれん」


 団員たちが希望を抱き始めた時、それは起きた。


「GggggrrrrrrWoaaaaAAAAA!」


 横たわったまま足を踏ん張り、エビ反りとなった魔物の胸からさらに大量の体液が吹き上がった。

 煙は真っ黒に染まり、炎は灼熱を通り過ぎて白く染まった。


「むっ? 何だ、あれは?」

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