第11話 冒険者なら金貨1枚に命を張れ!

 冒険者ギルドでは直ちに対策会議が開かれた。


「『熱き風』が全滅するとは……」

「いや、まだ全滅したと決まったわけではない。デニスとチバは生きていたとモリヤは言い残しました」

「だが、それだけの魔物を相手にたった2人で生き残れるとは思えん。とにかくそれだけの強さを持った魔物として対処するぞ」


 ギルド長のドーソンはテーブルに付いた幹部一同を見渡して言った。


「村が1つ滅ぼされている。このまま放置はできん。ギルドの全力で討伐に当たる」


 ドーソンは短い言葉で決意を示した。


「レイドを組む。10人+10人の2組構成だ。モリヤの話では洞窟の中には広いスペースもある。広場に誘い出して10人で攻める。戦闘が長引いたら、控えの組と入れ替わりで戦闘を継続する作戦で行く」

「20人ですか? では補給班も必要ですね」


 副ギルド長のイメルダが確認した。


「もちろんだ。ポーション、食料、武器、防具、野営道具は補給班20人が現地サポートする」


 総勢40人のレイドとなれば文字通りギルドの総力であった。


「全体の指揮は俺が執る。副官はイメルダだ」

「あー、知っての通り緊急レイドの報酬は1人頭金貨1枚だ。てめえの命の値段に文句がある奴は、今すぐ冒険者を辞めろ」


 イメルダはテーブルに着いた幹部連中の顔を見渡した。緊急レイドは金儲けではない。ギルド存亡に関わる危機に発動される最後の手段だ。


 文句があるような人間は、ギルド幹部を張ってはいなかった。


「出発は明朝日の出と共に。各々準備を整えて、中央広場に集合しろ。以上だ」

「応!」


 幹部連中は自分のパーティに連絡するため、立ち上がった。


「ああ、1つ言い忘れた。『熱き風』を食らった魔物はバカでかくて、首を飛ばされても胸を断ち割られても生き返ったそうだ」


 ドーソンはそこで言葉を切った。


「……そんな糞野郎は、ミンチになるまですりつぶしてやる。わかってんな、ろくでなしども!」

「おーっ!」


 ギルド会議室の床を踏み抜く勢いで踵が鳴らされた。


 冒険者に「敵討ち」なんてしみったれた習慣はない。そういうのは鼻たれのガキどもが、冒険者ごっこ・・・・・・でやるものだ。金目当てに命を張るのが冒険者だ。

 そう言い切って恥じない連中が集まっていた。


 しかし、シブキは男たちの間で人気があった。何よりも気風きっぷの良さが人を魅了した。

 シブキの首を食らった魔物を生かして置けるものかと、誰もが腹の中で思っていた。


「止せやい。とんだ野暮だぜ」


 シブキが生きていれば言ったであろうが、その彼女はいない。

 男たち、いや女たちも声を上げ、床を踏み鳴らした。


 辺境の町ロジアンで、1匹の魔物対冒険者ギルドの総力戦が火ぶたを切った。


 ◆◆◆


 翌朝、20人の戦闘チームと同じく20人の補給班がヨルンド村を目指して出発した。物資は馬に積んでいるが、冒険者たちは徒歩で街道をたどる。

 目的地に着けば村1つを滅ぼし、冒険者パーティを食らいつくした魔物との戦いが待っている。


 相手は1体とはいえ、軽く見ている人間はいなかった。


(あのシブキが食われた。「熱き風」が壊滅した……)


 冒険者にとってその事実は大きかった。「熱き風」はそれだけの実績と実力を備えたパーティーだったのだ。

 

「シブキの『白熱流』が効かねえとなると、火魔法系は役に立たねえぜ」


 沈黙に耐えかねて、1人の冒険者がぼそりとこぼす。


「それだけじゃねえ。ロイドの剣も、チバの刀もはねのけたって話だろ? 剣士系は歯が立たねえんじゃないか?」

「そうなると毒とか痺れ薬とか、からめ手から行かねえとだめかもな」


 1人が話し出すと、皆不安に駆られて喋り出した。


「だけど、馬鹿でかいんだろう? 薬ったって、すぐには効かねえんじゃないか?」

「効くまで足止めするしかねえだろう!」

「シブキでも止められねえ相手だぞ?」


「そこまで!」


 イメルダの声が響いた。


「不安になるのはわかります。そのための10人、2組編成です。指揮はギルド長とわたしがそれぞれ執ります」


 決まっていることをもう一度メンバーに言い渡す。しっかり意識させるためである。


「ドーソンとオレ・・が何回レイドかまして来たと思ってんだ? 魔物なんかに好き勝手させるかよお!」


 イメルダは、思い切り肺に空気を吸い込んだ。


「てめえらは黙ってオレ・・について来やがれッ!」

「おおーっ!」


 崩れかかっていたメンバーの士気が一気に爆発した。


「おうおう、男前だねえ、うちの副ギルド長はよう」


 先頭集団を率いるドーソンは、肩越しに後ろを振り返りにやにやした。


「楽に行こうぜぇ、肩の力抜いてよ。どうせ死ぬときゃ一瞬だ……」


 昨日の内にイメルダとは魔物討伐の作戦を練ってある。シブキの「白熱流」で倒せなかった相手である。火魔法の効果は期待できなかった。


『とにかく長期戦だ。被害を抑えて確実に敵を倒すにはじっくり構えて少しずつ削るしかない』

『同感です。火魔法が効きにくいとなると、攻撃の中心は氷魔法でしょうか?』

『そうだな。とにかく魔物の動きを鈍らせて、こちらの攻撃を重ねるしかあるまい。それには氷魔法は有効だ』

『魔法使いには氷魔法を優先に使わせましょう』

『うむ。魔物は再生能力を持っているようだが、どんな能力でも限りはある。槍持ちは目や口、表皮の薄い部分を狙って攻撃を集中させろ』


 問題は魔物をどうやって足止めするかであった。攻撃を集めるためには動き回らせず、一カ所に留める必要がある。

 

『カイトシールドごとロイドをぶった切る奴だ。壁役は命がいくらあっても足りねえ』

『ならばどうしますか?』

『人間が壁になれねえなら、本物の壁を作る』

『洞窟の中に壁を作るんですか?』


 奥の通路から広場に出て来る場所を狙って、広場側に幾重にも壁を作る。土魔法で地面を盛り上げて、付与魔法で硬化し、固める方法を取る。壁には人間一人が通れる切れ目を数カ所に開け、随時後退ができるようにする。


『魔物が広場に出てきたら、背後の通路を塞いで袋のネズミにする』

『それはどうやって?』

『通路出口の左右に土嚢を積み上げて置き、野郎が出て来たところで左右から突き崩すんだ』

『なるほど。さらに土魔法で固めれば、簡単にはどけられませんね』

『そういうことだ』


 問題は魔物に気付かれずにそれだけの工事をどうやって行うかであった。


『どうやったって音は出ますね』

『風魔法使いに遮断させる。通路との境目に気流の壁を作るんだ』


『万一、偶然・・魔物が出て来てしまった場合は?』

『そん時ゃあ、あれだ』

『はい』

『そん時ゃ、尻尾巻いて逃げる!』

『はあ?』

『命がありゃあ、やり直せる。死んだらそこでお終いだ』


 ◆◆◆


「はぁああー。俺たちゃ冒険者だろう? 何だってこんな工事人足みたいなことをやんなくっちゃならねえんだ!」

「声が出けえよ。いくら風魔法で遮断してるって言っても、万一魔物に聞かれたら全員お陀仏だぜ」

「だってよう。もう2時間も土壁作りを続けてるじゃねえか」

「文句言ってんじゃねえ! シブキたちの敵討ちだってことを忘れたのか」


 冒険者は地道な仕事が嫌いだ。2時間も同じ作業を続けて、土壁作りに嫌気が差して来たのだった。


「ご立派なことを言ってたな? 良いんだぜ? 壁作りが嫌な奴はいつでもオレに行ってきな。特別に『壁の前で』戦わせてやるからよ。冒険者様の戦いっぷりをみんなに見せてくれよ」

「壁作り頑張りまーす!」


「ふん。ろくでもねえ奴らだぜ、まったく」


 ドーソンは別のチームを監督しに移動したが、そろそろ潮時だと感じていた。


「ギルド長」

「ああ、イメルダ。そろそろ限界だな。これ以上は連中の辛抱が持たねえ」


 壁は4重に達していた。当然のことながら広場の中央に近付くにつれて壁は長くなり、工事の労力も大きくなる。


「防御線としてはもっと重ねたいところだが、贅沢は言えん。ここらで仕上げるぞ!」

「了解しました。各班にそう伝えます」

「30分後に小休止。飯と糞はその間に済ませろと伝えておけ」

「はい」


 すべての準備を整えたレイド・チームは、ドイルの号令一下、戦闘態勢に移行した。


「よし、風魔法解除! ときの声を上げろー!」

「うおおおおおおおおおおおおお!」


 冒険者たちは咆哮し、剣と盾を打ち鳴らした。

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