第14話 王国軍壊滅
洞窟からあふれた魔物は各地に広がった。推定されるその数は最低100匹。
1匹を倒すために40人のレイド・チームが必要と仮定すると、総勢4千人の戦士が必要となる計算であった。
辺境の一地方にそれだけの備えは無い。
とにかくこれ以上魔物の侵入を許さないために、洞窟を塞ぐことが最優先で行われた。
来る日も来る日も石を積み、土魔法を掛け続けた。
10日を費やして、洞窟は完全に塞がれた。
一方、魔物は村を襲いながら各地に広がった。魔物の狙いは純粋に「人」であった。人の気配を追って村から村へと移動する。
いくつかの村が全滅し、討伐隊が返り討ちに合うと、ようやく人々の間に魔物の恐ろしさが浸透した。
町に住む者たちは財産をまとめて家を捨てた。
土地を離れては生きられない農民たちは魔物を恐れつつも生まれ故郷の村に居続けた。
穴倉に隠れ、野山を逃げ回り魔物をやり過ごそうとした。
しかし、隠れて生活するのにも限界がある。家に戻り、食料を探せば、魔物に見つかり狩られる運命にあった。1月が過ぎる頃にはこの地方にあるほとんどの村が全滅してしまった。
その頃になりようやく王国軍から魔物討伐隊が選抜され、被害地への派兵が行われた。1編成100人の中隊5つからなる大隊が、魔物に侵犯された地方に送り込まれたのだ。
魔物同士は協力して戦うということが無かったので兵員集中による各個撃破で、討伐隊は魔物の数を減らすことに成功した。
しかし、逆に言うと大物を撃ち漏らしていた。何度か交戦には至ったものの、歯が立たずに逃げ帰ったのだ。
少数の強力な魔物が好き勝手に人里を蹂躙して回るという悲劇的な状況が日常になって行った。
中でも巨大な狼の形をした魔物はスピードとパワーを兼ね備え、なおかつ魔法を使うことができるため、討伐隊が最も恐れる相手であった。討伐隊が「魔犬」と名付けた魔物は、どうやら人の気配を察知しているらしく、王都に向かって移動していた。
その進路が間違いなく王都を襲うと確信し、王国軍は魔犬との全面対決を決意した。国王レイモンド3世の命である。
王都の眼前に広がる平原を決戦の地と定め、1千人の軍勢を布陣させた。たった1体の魔物のためにである。
それはそうだ。王都を抜かれては国が亡ぶ。王国軍の威信をかけて、魔物の進路を阻まねばならなかった。
軍は民を動員して平原に堀を造らせた。20メートル幅の堀を3重に巡らせ、川の水を引かせた。
彫り上げた土は堀と堀の間に積み上げさせた。
すべては魔犬の動きを鈍らせるためであった。動きを停めれば攻撃を集中できる。
攻城用のバリスタを土塁の上に設置し、堀を渡ろうとする魔犬を狙い撃てるようにした。
バリスタは威力が大きいものの連射が効かない。ボルトの装填に時間が掛かるのだ。
土塁一重に対してバリスタを10台ずつ配置した。交代で発射してボルト装填時間が攻撃の空白となることを避けるためである。
負傷者のための回復ポーション、魔術師のための魔力ポーションも潤沢に用意し、決戦の準備は整っていた。
◆◆◆
「来た!」
物見やぐらから警戒の声が上がった。鐘が鳴らされ、全軍に伝令が走る。
王国軍の緊張をあざ笑うように、体長4メートルの真っ黒な魔犬は悠々と決戦の平原に足を進めた。
「焦るなよ! 堀の手前まで十分引き寄せろ!」
あるいは魔犬の跳躍力をもってすれば20メートルの堀を飛び越えることが可能かもしれない。その場合は跳躍の瞬間、無防備な状態を狙い撃ちする。堀を飛び越えても土塁は高さ8メートルまで築いてある。一気に飛び越えることは不可能だった。
壁の下に着地したところを一斉に攻撃する作戦であった。バリスタの射撃はもちろん、煮えたぎった油と火による火炎攻撃を準備していた。
できるだけ化け物との肉弾戦は避けたい。それは指揮者全員に共通した認識であった。
ロジアンの冒険者ギルドを壊滅させた魔物。魔犬はそいつをはるかに上回る戦闘力を持っている。正面から立ち向かって勝てる相手ではなかった。
きりきりと緊張で兵士たちの胃が締め付けられる中、魔犬は1列目の堀手前20メートルに立っていた。バリスタの射程内ではあるが、ボルトが飛んで行くまでに余裕をもって交わされてしまうであろう距離。
それを知っているかのように、魔犬は悠然と土塁の列を
GrrrRRRR!
不敵に唸り声を上げると、魔犬は堀に向かって歩み始めた。
「まだだ……。まだ撃つなよ!」
土塁の上では指揮者がバリスタ射手を抑えている。初撃を確実に当てるための忍耐であった。
バリスタの装填にはどんなに急いでも10秒掛かる。10台のバリスタをフルに使用しても1秒に1射しかできないのだ。
1射たりとも無駄にできない。それが指揮官の思いであった。
「号令によって1番より順次1秒ごとに発射する。打ち方用意!」
今、堀の手前の岸最後の1歩を魔犬が踏み出した。その足がまだ宙にある瞬間に、土塁の上では指揮官の腕が振り下ろされた。
「1番、撃てーっ!」
「2番、てーっ!」
高低差を味方につけ、大気を切り裂く勢いでバリスタから射出されたボルトが魔犬目掛けて飛んで行く。
足を下ろす途中だった魔犬は回避も取れず、初撃を肩に受けた。
「GrrGggggww!」
ボルトは肉に突き刺さったが、魔犬の巨体に比べてみると大きな打撃を与えたようには見えない。しかし、それは承知していたことであり、指揮官はひるまず攻撃を指示し続けた。
「弓兵隊、各個射用意!」
「撃ち方始めっ!」
バリスタの威力には遥かに劣るが、手数でそれを補おうと土塁の上に並んだ弓兵が雨のように矢を降らせた。
とつとつと、魔犬の毛皮に矢が突き立つがぶるりと1つ身震いすればそれはすべて吹き飛んでしまう。
「糞ったれ! 刺さりもせんか?」
指揮官はギリギリと歯を噛みしめた。
「構わん続けろ、毒に気を付けろよ!」
飛ばしているのは毒矢であった。1矢で牛を倒せる猛毒が塗られている。それを雨のように降らせているというのに、あの落ち着きようは何なのだ。指揮官の心が波立った。
「Gawwggggr」
バリスタの狙撃、弓兵隊の乱射が行われる中、魔犬は低く唸ったかと思うと、地に足を踏ん張った。
「魔犬が跳ぶぞ! 装填が間に合うものは魔犬が跳んだ瞬間に斉射! 撃ち方、用意!」
「一斉に、撃てーっ!」
魔犬とて宙に跳べば無防備になる。胸や横腹も狙いやすくなる。
堀を越えるアーチの頂点で、魔犬は集中攻撃を受けた。
「Gaggaggawwrrrr」
明らかに嫌がっている声と共に、魔犬は堀の内側に着地した。水面と土塁の間にほとんど平地がないため後ろ足は堀に落ちている。腰まで堀に漬かりながら、魔犬は土塁の表面を前足で搔いていた。
「よし! 魔犬はまともに動けんぞ。バリスタ隊撃ち方、待て。5台ずつの半斉射用意。1番から5番、号令を待て!」
「バリスタ隊並びに弓兵隊、魔犬顔面に攻撃を集中! 目と鼻を狙え!」
「バリスタ1番から5番、撃ち方用意! 撃て!」
「2-3-4-5-6……」
土塁の斜面に取りついたせいで、魔犬の顔が上を向いている。指揮官はバリスタに急所の目鼻を集中して狙わせた。
魔犬は顔を背けながら、土塁に爪を立てて引っ掻くが土が削れるだけで体を引き上げることができない。
「よし! 油と火籠を落とせ!」
煮えた油を土塁の上からぶちまけ、籠の中に藁を入れたものに火をつけて投げ付ける。魔犬の体に炎が付いたのを見て、四方から歓声が上がった。
「火魔法を使えるものは火球を飛ばせ!」
この程度の炎ではダメージにはならないとわかっているが、魔犬を疲れさせるために指揮官は攻撃の手を停めさせなかった。
魔法師隊が土塁の上に並んで呪文詠唱を始めた時、魔犬は唸り声を停めて、前足を壁から放して水の中に漬けた。
「うん? 何だ、様子が……」
瞬間、魔犬が肩まで水に漬かったかと思うと、一気に跳び上がった。
「何だと?」
次の瞬間、土塁の上端まで跳び上がった魔犬は右から左へとブレスを薙ぎ払った。
そうしておいてくるりと身を捻り、土塁の上に着地する。
ブレスを受けた兵たちは全身から炎を発しながら、ポロリ、ポロリと落下していった。
たったの一瞬で第一守備隊は全滅した。
巨体に対しては狭すぎる土塁の上に立ち、魔犬は次の壁を見渡した。
第二壁の守備隊は突然現れた魔犬と、突然打ち倒された守備隊の姿を目の当たりにして呆然と立ちすくんだ。
「そんな……馬鹿な」
第二守備隊の指揮官が思わず漏らした言葉が誰かに聞かれるより先に、魔犬が2度目のブレスを吐いた。
轟轟と大気を鳴らして迸った炎は、第二壁の上端を舐めるように燃やしていく。武器も、人も、見境なく。
そうしておいて、魔犬は跳んだ。
土塁から土塁へ、25メートルの距離など何でもないように。
「GwaoOOOOOOww!」
第四壁まで落とされるのに、それから10秒と掛からなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます