魔法の使い方
ハヅキは精神的に安定していて、ハヤトが心配するような暴走を起こすような兆候はまるでなかった。
それも当然のことで、彼女は非常にポジティブな人間だった。好きなタイプはいるが、嫌いなタイプは存在しない。どんな相手も、その性格を個性と捉え、決して自分好みに変えようとはしない。ありのままの相手と、ありのままの自分で仲良くしようとする少女だった。不思議な力を手に入れたからといって、それを悪用しようとは思いつきもしないのだ。
もちろんハヅキにも許せないことはある。犯罪行為や人を傷つけるような行いには怒りを露わにすることもあった。しかし彼女が嫌うのは悪事であり、悪人ではない。
とにかく人間が好きなのだ。彼女にとっての幸せは、他人との比較の延長線上には存在しないのだ。
そんな、あまりにも善良すぎる彼女の性格は、基本的に誰からも完全には理解されない。そんな人間が存在するとは信じられないので、何か裏があるか、もしくは何も考えていない変人なのだと理解するのだった。
ハヤトやユウヤにとっても、ハヅキは何ともとらえどころのない、不思議な人物に感じられた。
「俺達は魔法の力に目覚めた人間の集まりだ。変なことを言うと思うかもしれないが、この力は俺達が神に〝選ばれた〟証なんだ」
タクミがハヅキの目をまっすぐ見ながら説明する。神に選ばれたという物言いにはハヤトも不満があるのだが、これは〝
「えー、神様に選ばれるってヤバくね?」
驚いた顔をして言うハヅキの反応が、好感なのか嫌悪なのか判断がつかなかったタクミはユウヤに目配せをして一歩下がる。面倒そうな相手を会長に丸投げしたのだ。ユウヤは笑顔のまま話を引き継いだ。
「さっきみたいな力が勝手に出たら困るでしょ? 僕達が力をコントロールする方法を教えてあげるよ」
「マジで? 知りたい!」
ハヅキが食いついたので満足気に頷くユウヤだったが、隣で見ていたハヤトはハヅキが一瞬困ったように視線を巡らせたのに気付いた。彼女に異変が起こりやしないかと、強く意識を集中して観察していたからこそ気付けた、本当に僅かな揺らぎだった。
(魔法をコントロールしたいのは本心みたいだけど、何か気がかりなことがある……? そういえば、この子はなんで制服を着てこんなところにいるんだ)
今日は夏休み初日である。部活動で登校するのだったらこんな場所は通らない。明らかにこの服装で街に向かって歩いていた。
(夏休み、制服、街……それにこの子の態度から考えると……そうだ!)
「ねえ、もしかして友達と待ち合わせしてるんじゃないかな?」
夏休みに制服で遊ぶ学生がいることはハヤトも知っている。この手の話し方をする女子は基本的に複数人で行動することも、これまでの人生経験から学んでいた。そして、とっさに視線を巡らせる仕草は時間を気にしている人間がよく行う。時計を探したのだ。待ち合わせに遅れてしまわないかと不安になり、だが魔法が暴走する危険性を考えてユウヤの誘いに乗ることにした。
「すごっ、なんで分かるし!?」
ハヅキが肯定したので、ハヤトは自分の考えが正しかったことに満足すると共に、彼女が印象よりもずっと聡明な人物だと認識した。
「ああ、友達を待たせているのか。心配事があると身が入らないだろう。何時にどこで待ち合わせてるんだい?」
「十時にたぬき屋の前で」
たぬき屋というのはカラオケ店の名前である。今日は開店直後に入店してフリータイムで部屋を取るつもりだった。彼女が知る中でもかなり『コスパのいい』遊びである。
「十時か。それなら時間に余裕があるね、とりあえず勝手に魔法が出ないようにする方法だけ覚えて、続きはまた後でってことでどうかな?」
「了解道中膝栗毛!」
「……同意ってことでいいのかな?」
なんだか独特な喋り方をするハヅキに困惑しつつも、不快感はない不思議な気持ちで彼女を人目につかない場所へと連れて行くユウヤ達だった。
「さて、我々が使う魔法の基本は心で願うことにある。君はさっき、とても寒い思いをしていたんじゃないかな? それで暖まるために火を出した」
あまり人気のない場所に移動すると相手を怖がらせてしまうため、表通りからすぐ脇にそれた道で、物陰ではあるけど騒げばすぐに周りが気付くような位置を選んだ。これが彼等の蓄積してきたノウハウか、と興味深く学ぶハヤトである。
「まさにそれ!」
ハヅキがユウヤを指差して肯定する。それにしても上級生相手に平気で友達みたいな態度を取るなあ、と呆れとも感心ともつかない感想を持つハヤト。だがユウヤもタクミも気にした様子はない。態度の失礼さで言ったらリョウタやナツミの方が上だから慣れっこなのだろう、と妙な納得の仕方をした。
「それなら簡単なことさ。『こうしたら火が出る』という自分なりのルールを決めるんだ。そうすればルール外で発動しないように無意識のブレーキがかかる。なるべく自分が無意識で行わない動作と紐付けるとコントロールしやすいよ」
意識だけで発動する初歩的な魔法から、動作を伴ういくらか高度な魔法に変えてやる。そうすれば意図せず暴発してしまうのを抑えられるというのだ。
説明されれば簡単だが、意外と自分で思いつくのは難しい。それが高度な魔法とされる
「なる、じゃこれでいくかー」
ハヅキが立てた右手の人差し指を左手で握り、その左手の人差し指も立てるハンドサインをする。よく知られている忍者のポーズだ。
「ニンニン!」
ボンッ!
ハヅキがポーズを取って呪文(?)を唱えると赤い炎が出た。あまりに上手くやってみせたのでハヤトは思わず「おお〜」と感嘆の声を上げるのだが、ユウヤとタクミは複雑な表情をして顔を見合わせている。
「マジで出た! ヤッベ、マジ忍者!」
火遁の術を使っている気分なのだろう。彼女にとって気分がアガるシチュエーションは忍者だったようだ。
「ええと、もう教えることはないかな」
ユウヤの困ったような声を聞くに、どうやらハヅキはとんでもなく飲み込みが早いようだ。魔法の天才があるのかもしれない。
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