ハヅキ
そんなハヅキが季節外れの寒気に襲われたのは、昨日の夜だ。最初は風邪をひいたのかと思った。だが体温を測っても熱はなく、寒さを感じる以外に体調が悪い感覚もない。明日|(今日)はせっかくの夏休み初日なので同じクラスの友達と一緒に昼から遊びまわる予定なのだ。変な寒気なんかに負けてはいられないと思った。
「この程度でウチの情熱は止められないし!」
学園の制服を着て家を出る。制服で遊ぶのは、友人達の中で経済的な格差やセンスの違いからの余計な不和を生まないための気遣いだが、そんな理由はおくびにも出さないでハヅキが提案した。「制服着てJKアピールしてこ!」地元でも人気の高い学園に入ったばかりの一年生だ。繁華街では昔から学園の生徒達が制服姿で歩く姿が日常的に見られた。何の疑問も持たれることなく、彼女の提案は友人達に受け入れられた。
各種店舗の開店時間を考慮して、朝はゆっくり出かけた。待ち合わせ場所までは徒歩でいける。外に出ても暑さは感じないが、朝の天気予報では今日の気温は30℃を超しているらしい。悪寒ではない、純粋な寒さにかえって気味が悪いと思いつつ、心頭滅却すればなんとやらで楽しいことを考えて紛らわせようとした。
「そうそう、今日はみんなでカラオケいって盛り上がるんだ! 最初は抑えめにして徐々にアゲていくか……それとも最初からフルスロットル?」
友達と遊ぶ計画を立てて気を紛らわせる。ハヅキはみんなで遊べれば内容は何でもいい。カラオケは比較的お金をかけずに長時間みんなで楽しめるので好きだ。おやつにクレープ屋さんで生クリームたっぷりのクレープを食べるのもいいし、意外とまだ生き残っているタピオカドリンクを飲んで生き残りの秘密を妄想し合うのも楽しそうだ。
「……くちゅんっ」
楽しいことを考えていても寒いものは寒い。修験者でもない一介の高校生がそんなことで寒さに耐えられるはずもなかった。
「うー寒。夏だってのになんでこんなに寒いんだよ! 太陽はこんなに照ってるのに。燃えるぐらい熱くなれよ!」
ボンッ!
ハヅキの言葉に合わせて、彼女を取り囲むように一瞬火が燃え上がった。それはすぐに消えたが、己の変化にすぐ気づく。さっきまであんなに寒かったのに、一瞬にして寒さを感じなくなったのだ。夏の太陽が肌を
「……ありえねーし」
一学期の間に起こったことは、ハヅキの心にも強く残っている。魔法を使えるようになる噂、突然現れた化け物に、先輩の死。あの化け物は宇宙からの侵略者で、それと戦っているのは学園中に名が知られた優等生達だという。ハヅキは交友関係が広いわりに噂話には疎い。噂話をしても気分がアガらない。だからどの噂もクラスで他の子達が話しているのを耳に挟んだ程度で、具体的に誰のことかは知らないし興味がなかった。
だが、たった今自分の身に起こったことは、そんな曖昧な記憶すらも強烈に呼び起こした。自分もあの化け物にとりつかれるのだろうか。そんなことになったら友人達がまた悲しむだろう。マスコミが学園の周りをウロウロし、生徒達の気持ちが沈んでいた時、ハヅキは周囲の人間を明るくさせるために奔走していた。悩む暇がないくらいにみんなを振り回して、空気読めない迷惑な子扱いされても構わずに学園の空気を盛り上げ続けた。授業は真面目に聞いていたが予習復習をする時間は取れず、成績が落ちた。それでもみんなを笑顔にしようと頑張ってきた。
やっと周りのみんなに笑顔が戻ってきたのだ。自分の学生生活はこれからだっていう時に!
「落ち着け、大丈夫だ」
頭の少し上から男子の低い声が聞こえた。現場にたどり着いたタクミが動揺するハヅキに声をかけたのだ。振り返ったハヅキは、どこかで見た顔だと思った。生徒会副会長の顔まで覚えている生徒は少ないが、ハヅキは一度見た人物の顔は忘れない。そして知っている顔はみな友達である。
「君は力に目覚めたんだよ。同じような生徒は沢山いるから、心配しなくていい」
そしてユウヤが横から話しかける。生徒会長は存在感があるのでよく知っている。少し落ち着いたところで、もう一人の先輩に気付いた。超がつくほどの有名人である。他の子のようにハヤトに対して憧れを持ったりはしていないが、人助けをよくしていると聞くので人間的な好感度はとても高い。ぜひ話してみたいと思っていた相手だ。
「やべっ、ウチいつのまにかイケメンに囲まれてるし!」
安心した証か、心に浮かんだ素直な感想が口から出た。最初に声をかけたタクミが苦笑する。
「ナンパしようってわけじゃないからな」
反応を見て、これは危険な相手ではないと判断した。普通に先輩後輩の関係で接することができそうだと安堵し頭をかく。
「仲間に引き入れようとしているのだから、ある意味ナンパなのでは」
そこにハヤトが真面目な口調で横やりを入れると、ユウヤが嬉しそうに笑った。
「ははは、確かにそうだ」
一瞬にして和やかな空気に包まれたのを感じたハヤトは、これが目の前にいる後輩の人柄によるものだと頭の中で冷静に分析していた。この子を不幸な目にあわせないために、どう接すればいいのかを真剣に考え始めるのだった。
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