夏休み初日

 夏休み最初の日、ハヤトは学園の生徒会室に向かっていた。ハヤトが生徒会役員と顔を合わせるのはこの日が初めてだ。次期役員が現役員から引継ぎを行うのはこの日からと、学園の規則で決まっているのだ。よく分からない規則だと思ったが、特に遊びまわったりする気にもならないハヤトにとっては好都合なぐらいだった。


 人の少ない学園を歩き、生徒会室の前に立った。そういえばここは以前ユカが良からぬものを見た場所ではなかったか。それとも別の場所だっただろうか。そんなことを考えつつ、ドアを開けた。


「やあいらっしゃい。早いね」


 部屋にいたのはユウヤ一人だけだった。今日は生徒会役員が全員集まるはずだから、彼の言う通り早く着いたのだろう。ユウヤと二人でいるのは居心地が悪いが、遅刻するよりはマシだ。


「よろしくお願いします。僕はどこに座れば?」


「そこに空いている席があるから座っていいよ。副会長の席だ」


 ハヤトは副会長を経て会長になる予定だ。ハヤトとしてはそれは別に構わないのだが、生徒会長が推薦されるという医学部への進学は断ろうと思っている。医者になりたいとは思わないし、受験を免除してもらわなくてもどこにだって入る自信があるからだ。とは言っても、何かなりたい職業があるわけでもないのだが。今は将来の進路を考えるより最終戦争アーマゲドンやアリサの魂を気にしている。つまりもっと強くなりたいという気持ちだ。


「二人きりなので聞きますけど、生徒会役員に魔法が使える人は何人いるんですか?」


「ん? 全員だよ。だから変にコソコソしなくていいよ。一般の生徒が来るときには秘密にしてもらうけど」


 当たり前のことを言うように答えるユウヤである。ハヤトは自分の考えの甘さを理解した。つまりここは〝選民ペキュリアーピープル〟の縄張りで間違いないということだ。とはいえ、もとより彼等に近づくために来たのだから手間が省けたと言えよう。


「魔法の話は生徒会の仕事を説明してからにしよう。どうやら他のメンバーもやってきたようだし」


 そう言ってユウヤが入口のドアを指差すと、数人の男女が賑やかに入ってきた。その様子を見ると、役員で唯一の女子生徒が下級生のリョウタをからかい、二人の男子生徒が呆れたようにフォローするという構図が出来上がっている。ハヤトも役員のメンバーは予習済みだ。


 リョウタをからかう女子生徒は書記の山峡やまかい夏美なつみ。パーマをかけているのか、波打った髪が肩まで伸び、化粧が目立つ軽薄な印象の女子だ。同じ二年の生徒なので、ハヤトも何度か顔を合わせている。


 リョウタを挟むようにナツミと反対側に立ち、リョウタの肩に手を置いてなだめるような態度を取っている長身の男子生徒は三年で副会長の大内田おおうちだたくみだ。砕けた口調と短く切り揃えたスポーツ刈りから、快活な印象を受ける。


 それとは対照的にナツミの横で冷静なツッコミを入れているのが二年で会計の道田みちだ康成やすなりだ。黒い髪を真ん中で分け、眼鏡をかけた姿はいかにも優等生といった風情である。彼はリョウタに会計を引き継いだ後で副会長になってハヤトのサポートをする予定になっている。


「あっ、ハヤトがもう来てる~! 元気~?」


 既に席に座っているハヤトを見つけたナツミがすぐに話しかけてくる。リョウタは解放されてホッとした様子だ。最後に見たのはミサキの一件だったが、あの時よりもだいぶ穏やかな表情になっているとハヤトは感じた。ユカとのわだかまりは解けたのだろうかと気になるが、余計なことを言って怒らせてしまったらユカに恨まれてしまいそうだ。


「やあナツミ。よろしくね」


 あまり仲良くした記憶はないが、見知った同学年ということもあり、ハヤトも気安い態度で挨拶をした。するとすぐにユウヤが口を開く。


「ナツミは書記だから、彼女がいる時はこの部屋での会話は記録して紙に残される。よく覚えておいてね」


 そう言ってハヤトとリョウタを交互に見ながら口角を上げて笑う。彼の言いたいことはすぐに分かった。


(それがナツミの魔法か……口を滑らせてはいけないということだな)


 紙に残されるということは、議事録のような書類として公開されるのだろう。それは要するに魔法や悪魔など、一般人に知られてはいけないような話をここでしてはいけないという意味だ。


「分かりました。記録するのにふさわしくないような発言はしないようにということですね」


「下ネタはOKよ~」


「いや、駄目だろ」


 ナツミの茶々にタクミがツッコミを入れる。慣れた様子のやり取りから、彼等の日常が察せられた。


「同学年だが話をするのは初めてだな。よろしく、ハヤト」


 ナツミとタクミの掛け合いを無視して、ヤスナリがハヤトに挨拶をしながら握手を求めてきた。これは彼の魔法だろうかと気になったが、警戒しすぎても良くないかと思って握手に応じる。するとヤスナリは一瞬意外そうな顔をして、すぐに満足げな笑みを浮かべた。


「どうやら仲良くやっていけそうだ。俺はリョウタ君の面倒を見るから、後はユウヤとタクミに教わってくれ」


 そう言ってリョウタを伴い会計の席に座る。リョウタは机の隣に設置された椅子に黙って座った。ハヤトとは目を合わせようとしないが、これまでの経緯を考えれば気にする必要もないかと思った。


「一応、同じ副会長ということで一緒に作業をするが、ハヤトはユウヤの後を継ぐのだから会長の仕事を教わってくれ」


 タクミがそう言って手をひらひらと振り、もう一つの副会長席に座った。


「では全員が席についたところで、生徒会の主な役割について説明しよう」


 ユウヤが姿勢を正してそう言うと、役員達も真面目な表情になって背筋を伸ばした。これから始まる新しい活動を前に、ハヤトの心臓が自然と早鐘を打ち始めるのだった。

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