一学期の終わり

 いつになるか分からない最終戦争アーマゲドンを心配するより、ハヤトが気にしなければいけないことがあった。もうすぐ夏休みに入るのだ。


「夏休みですか?」


 夜になり、いつものように訪ねたミドリの拠点でそのことを話すと、魔女と黒猫は首を傾げた。夏休みを知らないわけではない。彼女達も知識としてそういうものがあることは学んでいる。単にハヤトが危惧していることがすぐに思いつかないのだ。


「夏休みに入ったら、学園に集まるのは部活動に熱心な一部の生徒だけになるんだ。そうすると、誰かに異常があってもすぐには気づけない」


 夏休みに入るということは、学園の生徒の多くは他の生徒と毎日顔を合わせることがなくなる。そうなると、突然誰かがいなくなったりしても休み明けまで気付けないというわけだ。


「なるほどにゃ。知らない間にバケモノになって暴れてるヤツがいたら、ダイメーワクにゃ」


「この前の女生徒のようなことがあったら困るだけではすみませんね。でも大丈夫ですよ」


 ハヤトの懸念に、ミドリが笑顔を返した。心配は要らないと言う。


「天使達がずっと〝習得者アクワイヤ〟を監視していたでしょう? 彼女達と協力すれば、どこで生徒が悪魔化しても見つけることができます」


「アイツら、対処能力はあんまないけど見つけるのは得意だからにゃ」


 そう言われればそうだが、ミサキの時もアリサの時もハヤトは天使の姿を見た覚えがない。ミドリが連絡を取り合っているとは聞いているが、どうにも信用できずにいる。


「信用する必要はないにゃ。アイツらの目を利用してミウ達で対処するにゃ」


 ハヤトの心情を見抜いているミウが、顔を洗いながら自分達で対処すればいいと提案してくる。


「それはそうだけど……僕も夏休みは生徒会の役員と一緒に生徒会の仕事をしないといけないんだ」


「セートカイにゃ? ゴモリーの手下と仲良くして切り崩すといいにゃ」


「生徒会役員がみんな〝選民ペキュリアーピープル〟ってことはないでしょ。あの生徒会長はゴモリーの手下ってほど忠誠心があるようには見えなかったよ」


 ハヤトがユウヤと話した感想を述べる。彼の言葉を全面的に信用したわけではないが、少なくともマサキのようにゴモリーを崇拝しているような感じではなかった。


「いずれにせよ、日中に魔の浸食が進むことはないので心配は要りませんよ。アマテラスが抑えてくれるそうですから」


 いつの間にか、ミドリはあのアマテラスとも対話を成功させていた。利害の一致によるものだが、あのマイペースすぎる太陽神が手伝ってくれるとは、天変地異の前触れだろうかと失礼なことを考えるハヤトである。実際のところ、彼女の行いは理屈としては納得できるものだ。ミサキはあの時点で既に人間としては死んでいたと言える。アマテラスは周囲に危害を加え続ける狂った悪魔を退治し、ハヤト達を助けてくれた善神なのは間違いない。だが、目の前でクラスメイトを焼き殺されたという事実はそう簡単に割り切れるものではないのだ。ハヤトはまだそれでも冷静に物事を受け止めている方で、ユカは毎日のように夜中叫び声を上げて飛び起きたりしているとカトリーヌがこっそり教えてくれた。理屈では分かっていても、感情がアマテラスを受け入れられない。


 少し前までのハヤトは自他共に認める理屈っぽい現実主義者だった。それが今では理屈よりも感情を優先させている。これが成長なのかは分からないが、ずいぶんと変化したのは確かである。


「そんなわけだからにゃ、ハヤトは安心してスパイ活動に専念するといいにゃ」


 スパイ活動。確かに以前生徒会の話をした時にもミウから言われていた。あくまでも敵だという認識である。もちろんハヤトにとってゴモリーとその仲間は明確な敵ではあったが、ミウ達にとっては同じ悪魔である以上、あからさまに敵対していいのだろうかと思ってしまう。だからこそのスパイとも言えるが。


「難しいことは考えなくていいんですよ。ハヤトさんはハヤトさんにできることをやればいいんです。他のことは他の者がやりますから」


 ハヤトは昔から優秀だったために、何もかも一人で背負い込む癖がある。何でも理屈で考える性格が変化したように、こちらも変わっていけるのだろうか。どちらかと言えば感情的になるより人を頼ることを優先して学ぶべきではないかと思ったが、自分の思うように変われるならそれは変わったと言えるのだろうか。


「アリサはいつ助けにいけるかな」


「焦りはキンモツにゃ。あのネフィリムが仲間を集めるのを待つにゃ」


「思ったんだけど、ダアトに行くのに必要な仲間って魔法が使える人間になるよね」


「そうですね。恐らく〝選民ペキュリアーピープル〟のような組織を彼女の信頼する人間で作るつもりなのではないでしょうか」


「それって、ゴモリーと同じなんじゃ」


「そうだにゃ。キレイゴトを言っても腹は膨れないにゃ。ネフィリムも同じアナのムジナにゃ」


 人間を守ると言っているキョウコが悪魔や魔女を増やして戦おうとしていることに釈然としない気持ちになる。だが戦う力が無ければただ見ていることしかできないのだ。レヴィアタンを前にした自分のように。


 自分はあまりにも無力だ。そう痛感するハヤトの脳裏に、ユウヤの言葉が再生される。


――我々の仲間として魔法の使い方を学んでおいた方がいい。


 この夏はもう少し自分から動いてみようかと思うハヤトの頬を、夜だというのに温く湿った風が撫でていった。

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