生徒会の誘い

 次の日、今後のことについて頭を悩ませながら登校したハヤトが教室のドアを開けると、信じられない光景が目に飛び込んできた。


「おはようハヤト!」


「え……アリサ!?」


 そこには、いつもと変わらない態度で挨拶をしてくるアリサの姿があったのだ。


「どうしたの?」


「え、いや、だって……え?」


 動揺するハヤトの様子に、クラスメイト達が不思議そうな視線を向ける。彼等も昨日の騒動は目にしているはずだが、何事もなかったような空気がクラスを支配していた。


「ハヤト、ちょっといいかな?」


 そこに、背後から聞き覚えのある声がした。途端に黄色い悲鳴が上がる。生徒会長のユウヤがハヤトのクラスにやってきたのだ。


「ここじゃ落ち着いて話もできない。生徒会室に行こう。ああ、授業開始までには終わるよ」


 アリサを置いていくのは躊躇われたが、この状況についてよく知っていそうなユウヤについていくのが最善と考え、ハヤトは黙って頷いた。


 ユウヤについていくときにも、アリサは無邪気な笑顔で手を振りハヤトを送り出していた。その様子に凄まじい違和感を覚える。


「さて、聞きたいことは色々あるだろうけど、まずはこちらの用件を話そう」


 案内された生徒会室でハヤトが差し示された椅子に座ると、ユウヤは生徒会長の椅子に腰を落として話し始めた。


「話は簡単だよ。君は次期生徒会長となるために、二学期から生徒会役員として働いてもらう。会長見習いということで、肩書は副会長だね。先生から聞いているだろう?」


「噂には聞いていますが、先生からは何も」


 魔法や悪魔とはまるで関係のない、生徒会の役職についての話だった。正直に自分の状況を伝えると、ユウヤは頭を抱えた。


「こんな重要な話を本人に伝えないなんて、本当にここの教師は……おっと、こんなこと言ってたなんて先生に教えないでくれよ」


 頭を抱えて愚痴ったかと思えば、すぐに笑顔でハヤトに口止めをする。これまで〝選民ペキュリアーピープル〟として姿を見せたときとはまるで印象の違う、人当たりのいい生徒会長の顔だ。


「用件はそれだけですか? ならアリサのことを聞いても?」


「ああ、びっくりしただろう? あそこにいた彼女は、正真正銘本物のアリサの体だよ。ただ……気付いたと思うけど、中に入っている魂が違う。あれは、ゴモリーが作り出した擬似的な人格で、アリサの過去の行動を学習し、彼女の物真似をしているAIのようなものだ。彼女の魂はダアトにある」


「なぜそんなことを?」


「レヴィアタンの記憶が戻らないそうだ。それ以上のことは聞かされていないが、アリサの体は丁重に扱うよう命令されているので、我々が彼女に危害を加えることはないよ。そこは安心してくれていい」


 ユウヤもゴモリーの考えを全て知っているわけではないらしい。それでも、アリサの人間としての立場が保たれているのはハヤトにとってもありがたい話だ。


「そのうちネフィリムと共にアリサを助けに行くんだろう? そのためにも、我々の仲間として魔法の使い方を学んでおいた方がいい。あの魔女は君を戦士に育てる気が無いようだし」


「あなた達はゴモリーの手下なんでしょう? 僕の邪魔をするんじゃないの?」


「うーん、誤解があると思うんだけど、我々は別に悪魔の手下ではないよ。魔法を教えてもらった恩はあるし、個人的に彼女を崇拝してる奴もいるけどね。あくまでも我々は来るべき最終戦争アーマゲドンで生き残るため、神に選ばれて力を手に入れた人間だ。経緯は違っても、魔法の力を手に入れた君も我々にとっては同じく神に選ばれた人間なのさ。ゴモリーとはお互いの目的のために利用しあう関係というわけだ」


 〝選民ペキュリアーピープル〟は、神と悪魔の戦争で生き残るために魔法の力を鍛えているのだという。力のない者も救おうとするネフィリムのことは、甘ったれた理想を追い求める夢想家だと思っているそうだ。


「君も、君自身の目的のために全てを利用するといい。それを『認められた』人間なのだから」


 そう言って、ユウヤはハヤトを生徒会室から帰らせるのだった。ハヤトが想像していたよりも、ユウヤはずっとドライな考えを持ってゴモリーに協力していたらしい。彼の語る言葉を全て信じるわけではないが、多くのことに辻褄が合う説明だった。


 なによりも、アリサの現状について納得ができたのは非常に大きな意味を持つ。ハヤトの心が、これまでにないくらいに軽くなっていた。アリサをなだめる言葉はまだ思いつかないが、少なくとも現時点でアリサの魂はゴモリーのものにはなっていない。十分に取り戻すチャンスはあるということだ。


 ユウヤが信用させようとするのではなく、利用するように言ってきたのもハヤトにとって救いとなった。なんとなく、彼とは将来敵として戦うことになるような予感がするのだ。余計な情が湧いてしまわない方がいいだろう。


 それが最終戦争アーマゲドンのときになるのかは、わからないが。


最終戦争アーマゲドンのこと、ミウに聞いてみようかな?」


 おそらく、ミウが言っていた天使との戦争がそれだろう。彼女達は天使と戦争をするために空を目指しているのだ。わけも分からず状況に流されてきたハヤトだったが、ここに来てやっと全体の流れを掴めてきたように感じていた。

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