巨人の力
「ネフィリムごときに何ができる」
ゴモリーは振り返ることもなく言い、紫色の光に包まれていく。あれはゴモリーがどこかへ移動する時に使う魔力の光だとハヤトは理解した。さっきアリサを包み込んでどこかへと連れ去ったのを見ていた。このままでは確実に逃げられるだろうが、ハヤトにはそれを阻止する能力が無かった。何度目かも分からない無力感に襲われる。
「それはどうかしら?」
続けて響くキョウコの声。そういえばこの声がどこから聞こえているのかがわからない。さっきから周囲に目を配っているが、キョウコの姿はどこにも見えないのだ。そして――
『
キョウコの声に合わせ、ゴモリーを中心に巨大な紋様が現れる。これはハヤトも以前ミドリから教わったから知っている。魔法の力を持つ図形、魔法陣と呼ばれるものだ。紋様が現れると同時に、紫色の光が消える。
「何!? なぜそなたがこの魔法陣を知っているのだ。もしや余の知らぬ間にルシフェルと接触しておったか!」
ずっと余裕の態度を見せていたゴモリーの口から、狼狽の声が上がる。どうやらこの魔法陣はかなり特別なものらしい。ゴモリーの魔法を抑えるのだから当然か。それよりも気になる名前が出てきた。ルシフェルという単語はハヤトも聞き覚えがあるぐらいに有名な名前。地獄に堕とされた天使は、地獄の皇帝だというサタンとどういう関係だろうか。考えを巡らせているうちに、事態は更なる展開を見せていた。
「ふふん、この程度で驚いてもらっちゃ困るわ。『
今度は赤い光がゴモリーに集まっていく。言葉の響きからして攻撃魔法ではなさそうだが……と思っていると、ゴモリーが信じられないといった顔で声を上げる。
「なんだと!? なぜ
この言葉で、ハヤトはこの魔法陣がどういう効果を持っているのかを理解した。魔法陣の中で使用されている魔法の効果を打ち消すのだろう。そして、どういうわけかキョウコはその効果を無視できるらしい。先ほどからゴモリーの横にいるマサキが腰を落としている。アリサに使ったあの魔法を使おうとしているだろうが、それが出来ずにいるのだ。確かに魔法陣の中にいる者は魔法が使えないようだ。
「ゴモリー、あなたは大きな勘違いをしている。魔法無効化の魔法陣は、私がルシフェルに教えたのよ。遥か昔にね」
ルシフェルがどんな人物なのかまでは知らないハヤトにとって、この二人の会話は意味が分からない。ただ、推察はできる。おそらく魔法無効化の魔法陣はルシフェルが得意とするものなのだろう。何はともあれ、完全にキョウコのペースだ。未だにどこにいるのか分からないが、それも彼女の魔法か。
「なるほど、アリサさんは次元の狭間に送られているのね。居場所さえわかれば、あなたに用は無いわ」
キョウコの冷たい声が響く。同時に上空から吹き降ろす風を感じた。空を見上げると、巨大な何かが落ちてくる。何が起こっているのかよく分からず落ちてくるものを見ていると、それが人間の拳と同じ形をしているのが分かった。
「……巨人だ」
確かにハヤトは知っていたはずだった。キョウコはネフィリムという種族で、ネフィリムは巨人族とも呼ばれていると。だが、実際に目の当たりにするまでそのことは完全に意識の外にあった。キョウコはごく普通の人間の少女として彼等の前に存在していたから。それにまさかこんなに堂々と巨人としての本性を現してみせるとは思ってもみなかったのだ。だが考えてみれば、この巨人とキョウコを結び付けて考えられる人間は、ハヤトのように正体を知っている者以外には存在しえない。校舎をまたいで立つ巨人の姿は、人間の少女とは似ても似つかぬ姿だった。その姿を形容するならば、人型をした溶岩。それが拳を真っ直ぐにゴモリーへと振り下ろしているのだ。そのスピードも桁違いで、こうやって長々と説明しているが経過した時間はゼロコンマ一秒にも満たない。
巨人の拳が地面に到達する瞬間、ハヤトはまるでスローモーションのように見える世界でゴモリーとマサキの姿が消えるのを目撃した。
直後に起こる轟音。少しして、巨人の姿は空気に溶けるように消えていき、いつの間にかハヤトの背後にいつもの姿をしたキョウコが立っていた。
「あー、逃げられちゃった。確実に仕留めるためにこれまでずっと隠してたのに!」
キョウコは悔しそうな顔で言う。ゴモリーが逃走に成功するとは思ってもいなかったようだ。ハヤトもまるで信じられなかったが、確かに消えるのを見ていた。おそらく敵に自分を侮らせるために力を隠してきたのだろう。お互いに。
「攻撃の瞬間、本当に一瞬だけ魔法陣が解除されたのよ。たぶん外からあいつの仲間が干渉してきたんだわ。そんなことができる奴に心当たりはない?」
そんなことを聞かれてもハヤトにはさっぱりだ。だが、もう一つの出来事に関しては心当たりがあった。
「魔法陣を消せる人に心当たりはないけど、瞬間移動ができる人は知ってる。生徒会長だ」
そう、ハヤトは以前ユウヤがリョウタを連れて瞬時に移動するのを見た。ゴモリーとマサキを連れて離脱したのは間違いなく彼だろう。
「そうか、生徒会長がね……まあいいわ。アリサさんの居場所は分かってるんだし、慌てる必要はない。焦ってレヴィアタンに攻撃されても困るしね」
「レヴィアタンか……アリサは元に戻るんだろうか」
「それはハヤト君次第かもね。それも含めて、話し合いましょ。ね、ミドリさん」
「え?」
突然、この場にいないはずのミドリに話しかけるキョウコ。驚いたハヤトが思わず後ろを振り向くと、本当に彼女がいた。余計なオマケつきで。
「ええ、それがいいですね……というわけで、そろそろいいですか? アマテラスさん」
「も~、太陽の下で戦ったらめって言ったでしょ」
そこには、剣のようなものを振り下ろそうとしているアマテラスと、それを箒で受け止めているミドリがいた。まったく気がつかないうちに、ハヤトは太陽神の攻撃から守られていたのだ。
「いい加減にするにゃ」
足元では、黒猫があくびをしながら声を上げた。不思議な懐かしさと安堵の気持ちに襲われ、ハヤトはその場にしゃがみ込んでミウを撫でるのだった。
「落ち着いてないでちょっと助けてくださいよミウさん」
「ふにゃあ~」
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