魔法の属性

 その日の夜、ハヤトはいつものようにミドリの拠点へ向かった。昨日も今日も家族は変わらずに送り出してくれたが、あんな事件があった直後なのに息子を心配しないのだろうか。なんとなく不思議だったが、それだけ信用されているんだろうと思うことにした。


「正義の味方にゃ? ハヤトにぴったりにゃ」


 さっそくキョウコの作戦を伝えると、ミウは面白がってからかいの言葉を投げかける。この黒猫の反応なら、あまり心配する必要はないのだろうと思えた。これもある種の信用が積み重なってきた結果の判断なのだろうな、と自分のことながら他人事のように考える。持ち前の理屈っぽさが戻ってきたようだ。


「今後も魔法に目覚める人は増えてくるでしょう。せっかくですし、ハヤトさんは魔法の属性について知っておいた方がいいですよ!」


 ミドリが眼鏡の奥の目を輝かせながら提案してきた。確実に自分が語りたいだけだと思ったが、自分も魔法に詳しくなっておいた方がいいと判断し、ハヤトは彼女の話に耳を傾ける。


「いいですか、ます全ての魔法使いには相性のいい属性があります。体系的に学ぶことなく自然に魔法を身に着けた者は、必ず相性のいい属性の魔力を使用することになるでしょう。これを〝属性を持つ〟と表現します」


「持ってる属性は魔力の色でわかるにゃ。ハヤトは緑色の盾を出すにゃ? あれは風の属性にゃ」


 ミドリの説明にミウが割り込んでくるが、ミドリは特に気を悪くした様子もない。言われてみればハヤトの盾は薄い緑色に発光していた。風の属性と言われてもピンとこないが、そんなものなのだろう。


「ハヤトさんの魔法は儀式で発動したものなので、属性の影響はほとんどありません。ですが、〝習得者アクワイヤ〟が使う魔法は違います。属性の影響が色濃く出ます。例えば先日遭遇した剣の人は、青い魔力を使っていました。あれは水の魔力ですね」


 青が水というのは分かりやすい。リョウタは火のような激しい性格に感じたが。


「属性と性格にもいくらか関係はあります。水の属性を持つ者は、二面性を持つことが多いですね。あと嫉妬心が強いこともあります」


 水はその時々で様々な姿を見せる。人の命を支える癒しともなる一方、激しい流れで人の命を奪うこともあるためだ。だが、それは他の属性にも言えることだ。注目すべきは嫉妬心の部分だろう。確かに、リョウタはハヤトやユカの才能に嫉妬していた。


「嫉妬心と水の属性が結びつくのは、何か理由があるの?」


 水の属性を持つ者が嫉妬深いのはわかった。だがなぜ水なのかが気になる。


「水の象徴的な悪魔が、嫉妬の大罪を背負っているからですね。〝七つの大罪〟って聞いたことはありませんか?」


 その言葉は、ハヤトも何かの創作で聞いたことがあった。


「何か、凄い悪魔の話だっけ?」


「本当は〝七つの罪源〟と言うのが正しいにゃ。罪の元になる性質を表したもので、罪の重い順に嫉妬、傲慢、怠惰、憤怒、強欲、色欲、暴食にゃ」


「嫉妬が一番重い罪なのか……」


「一番、トラブルのもとになりますからね」


 簡潔だが納得せざるを得ない説明だった。この数日で嫌というほど見せつけられた事実だ。


「そして、魔力の器というものがあります。個人で扱える魔力の量には生まれつき大きな差があり、それがまた魔力の性質として現れるのです。例えば火だったら大きい器の持ち主はマグマの様相を呈し、さらに大きな器のを持つ者は太陽――アマテラスが見せたような魔力を発現します」


 アマテラスという名前を聞いて、炭化したクラスメイトの姿がフラッシュバックする。あの恐ろしい力は、もう二度と見たくないと思えるほどだった。


「水だったら、海にゃ。それが嫉妬の悪魔レヴィアタン。でも今はいないにゃ」


「いない?」


「レヴィアタンはかつての戦いで命を落としました。その魂は転生して地球上のどこかに、ごく普通の生物として存在しています。が目覚めたら、全ての大陸が海に沈むかもしれません」


 とんでもないことを淡々と語るミドリである。ハヤトはノアの方舟という言葉を思い浮かべた。あれは神が行ったという神話だが、そのレベルの災害が発生するほどの力を持った悪魔がこの地球上のどこかにいるらしい。


 その後もミドリは属性について延々と語り、ハヤトが解放されたのは東の空が薄っすらと明るくなり始めた頃だった。


「今から寝たら完全に寝坊する自信がある」


 今日も平日だ。学校の授業に遅れないように、ハヤトはそのまま寝ないで朝を迎えることにするのだった。


◇◆◇


 一方で、アリサはキョウコの作戦を実行に移すべく、早起きして家を出ていた。いつもハヤトが登校した時には教室で待ち構えている彼女だが、今日はさらに早い出発である。


「仲間を集めなきゃ。ミサキみたいな子をこれ以上増やすわけにはいかないんだから!」


 強い使命感と、ある種の後悔が彼女をつき動かしていた。


――もう誰も死なせたくない。


 近くにいながら、まったく気付けなかった友の心の闇。その原動力がハヤトに対する恋心とユカへの嫉妬だったというのなら、同じ気持ちを持つ者として真っ先に気付いてあげるべきだったと思う。


 妙な寒気を感じながら、朝の通学路を早足で進むアリサだった。

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