次の段階

「もう〝まーちゃん〟って言葉を使う子はいなくなったわね」


 報道部の部室に集まった四人で机を囲み、今後の方針について話し合う。通常の授業は再開したが、学園中が緊張感に包まれているようだ。キョウコの言葉には、そんな現状を端的に示す意図があった。


「あんなものを見せられたら、とてもそんな可愛らしい名前で語る気にはなりませんよ」


 ユカがキョウコに追随する形で話をつなぐ。昨日と比べて顔色はだいぶ良くなった。昨日は早まったことをするのではないかと心配していたハヤトも、少しだけ気が楽になる。その分アリサの見た夢の話が気になってくるのだが。


「キョウコは司令官って何か知ってる?」


 話を切り出したハヤトに注目が集まる。ハヤトはアリサに目配せすると、彼女が見たという夢のことを説明した。


「司令官……ねえ。軍事的な組織にはそういう立場の者がいるものだし、そいつが何者かなんて分からないわ」


 もっともな意見を述べるキョウコに、ハヤトとアリサは少しがっかりした様子で頷いてみせた。実を言うと、キョウコはそれが何者かということがはっきりと分かっていたのだが、今ここでそれを伝えるべきではないと判断したのだった。


「それじゃ、今後は私達も天使に習って〝習得者アクワイヤ〟と呼びましょう。呼称は統一されてた方が間違えなくていいでしょ」


 天使に恨みを持つ彼女がそう言うなら、ハヤト達に異論はない。少なくとも、〝選民ペキュリアーピープル〟と呼ぶよりは遥かにマシというものだ。


「まあ、君達は魔女だけどね」


 そして、笑みを浮かべながら言葉をつけ足す。悪魔と契約して魔法を使う者は魔女であり、地獄の住民となって魔法を覚えた連中とは違うと改めて念を押しているのだ。


「その違いって、大事なことなの?」


 そのどちらでもないアリサは、ただ純粋に疑問をぶつける。するとキョウコは肩をすくめて言った。


「天使や悪魔と契約している魔女は、単に魔法を使えることよりも契約した相手が力を貸してくれる点が重要だからね」


「えっ、天使と契約した魔女もいるの?」


 というぐらいだから悪魔としか契約しないものだと思っていたハヤトは、あまりに意外すぎて思わず驚きの声を上げてしまった。するとキョウコは声を上げて笑い、説明を加える。


「あはは、そう思うのも無理はないわね。でも魔法には二つの種類があるわ。怪我や病気を治す白魔法と他者を傷つける黒魔法ね」


 その話はミドリから聞いている。話の流れからして白魔法を使う魔女は天使と契約をするのだろうと予想したが、ミドリはどちらの魔法も使いこなしていた。それにハヤトやユカが使う魔法も分類的には白魔法になるはずである。


「もちろん、どちらと契約しても白黒関係なく使えるわ。でもね、人が人を救いたいと思う時に、天使と悪魔どちらに力を貸してほしいと願うかしら?」


「確かに! 大抵の人は白魔法が使いたかったら天使の力を借りようとしますし、人を傷つけたかったら悪魔の力を借りますね」


 ユカが納得したように言う。なるほどその通りだとハヤトも納得した。彼等は選択肢の中から悪魔を選んだわけではないので、その素朴な理屈が頭から抜けていたのだ。


 そんな話題で盛り上がる三人の様子に、アリサはまた疎外感を覚えて拗ねたような言葉を紡ぐ。


「まあ、私には力を貸してくれるような天使も悪魔もいないからなんでもいいけどね」


「……アイツに目をつけられてるじゃない」


「えっ、何か言いましたか?」


「ううん、何でもないわ」


 キョウコが小さな声で呟いた言葉は、誰の耳にも届かなかった。ここで話題は途切れ、改めて今後の方針について話すことにする。


「もう既に『平和な日常』は終わりを迎えたわ。私にとっても予想外の出来事だったけど、結果として計画は次の段階に進められる。犠牲になったミサキさんには申し訳ないけど、こうなったら彼女の死を最大限に利用させてもらうわ。人類を守るために」


「…………」


 ミサキの死を利用、と言われると複雑な気分になるが、人類を守るためだと言われたら何も言えない。三人は黙ってキョウコの次の言葉を待った。


「本格的に仲間を集めるわ。今なら話を聞いてくれる人も多いでしょう。とは言ってもゴモリーの下僕達がいるから大っぴらに募集活動はできないけどね」


 生徒会やマサキのような生徒にも〝選民ペキュリアーピープル〟のメンバーがいる。誰が彼等の仲間なのかを見極める必要があるというわけだ。


「というわけで、また噂を流すわ。これはアリサさんにしか手伝いを頼めない。ハヤト君やユカさんは噂話をするタイプじゃないからね」


「どんな噂を流すの?」


 キョウコの言う通り、ハヤトやユカがいきなり噂話を言いふらしたら不自然過ぎて怪しまれるだろう。ハヤトに伝えるために噂話を聞いて回っていたアリサは適任というわけだ。本人もやっと出番がきたと思ってやる気を見せた。クラスメイトの弔い合戦をするつもりでもある。ミサキはほとんど自業自得なのだが。


「地球を侵略しにきた怪物と戦う正義の味方がいるって噂よ。この前の事件はその戦いが表に出てきたってこと。あとユカさんの噂は学園を混乱させるために侵略者が流したデマだったってことにしましょう」


 そういう噂を流して『正義の味方』に同調する人をキョウコが見極め、秘密裏に勧誘するという寸法だ。皆が不安になっている今こそ、こういう噂は簡単に広まるものだ。


 ハヤトとユカは、この前の状況と合わせて確実に『正義の味方』と繫がりがあると思われるので、雑にはぐらかすように指示された。下手な演技で秘密にしている、という風を装うのだ。


「大丈夫かな……」


 不安に思うハヤトだったが、彼の頭でもこの作戦は単純ながらとても効果的に思えた。完全に自分が『正義の味方』になる役回りだが、あながち間違いでもないので断れなかった。

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