ミサキ

 ハヤトのよく知るミサキは、よく笑う娘だった。


「ハヤトー、学園七不思議って知ってる?」


「知ってるけど、そんなのどこにでもある作り話だろ? 本当に経験した人はいないと思うぞ」


 アリサとハヤトがいつものやり取りをする横で、いつもニコニコしながら二人の話を聞き、たまに茶々を入れたりしていたミサキ。思い返せば、ハヤト達が付き合っているという認識が広まったのも彼女が発端だった。


「ねえハヤト、アリサとはどこまでいったの? ファーストキスはいつ?」


「えっ!? いやそんな……まだ何もしてないよ」


 二人きりの時にミサキが男友達のような質問をしてきた。予想していなかったハヤトはあまり深く考えずにそのまま答えたが、この返事がミサキにとって重要な意味を持っていたのだ。


「ふぅん、『まだ何も』ね……ということは、やっぱり付き合ってはいるみたいね。ほーんと幼馴染はアドだよねー、まあアリサならいっか」


 離れた後で独り言ちるミサキ。これ以後、彼女は二人が恋人同士であるという前提であらゆる会話をするようになり、それが周囲にも広まっていった。ハヤトとアリサもその扱いに特に不満はないので否定することもなかったのだが、それが逆に二人の仲を進展させるきっかけを奪う結果となり、いつまでも曖昧な関係を続けてきてしまったのだ。


◇◆◇


「どうやらユカさんの噂を流したのはミサキさんだったみたいね」


 事件の後、授業は中止となり、警察の捜査が行われた。ショックを受ける者も多い中、当然のような顔をして集まり不躾な質問をしてくるマスコミ達に生徒は怒りを露わにし、生徒会長のユウヤが対応に追われていた。学園はしばらくの間騒然とし、リョウタも素早く姿を消したのでハヤト達は報道部に集まっていた。


「どうして二年のミサキが一年のユカを嫌っていたんだろう?」


 ハヤトにはどうしても理解できなかった。リョウタの言葉を思い出しても、彼女の劣等感の矛先がユカに向かった原因が想像できないのだ。


「ユカさんは入学早々学園中で話題になっていたからね。可愛いから」


 キョウコがやれやれとばかりに肩をすくめ両掌を上にむけて言う。ユカは何一つ悪いことをしていないのに、リョウタに続きミサキの心まで歪めてしまった。まさに可愛さは罪とでも言うべきか。とても笑えない悲惨な現実だが。


「でも、それだけだったら噂を流して嫌がらせをするだけで済んでいた。問題は、ミサキさんにハヤト君への恋心があったこと。たぶん友達のアリサさんと付き合っていると思っていたから気持ちを抑えていられたところに、よりにもよってユカさんと仲良く登校してきたから……魔法を覚えたタイミングで気持ちのタガが外れてしまったのよ」


「そんな……そんなことって」


 ユカが口に手をあて、涙を流す。彼女は何も悪くないが、彼女が全ての原因であることは確かだ。やりきれない思いで胸がいっぱいになった。そんな彼女にかける言葉も見つからず、他の三人はただ気まずい表情を浮かべ立ち尽くしているしかなかった。


「でも、どうしてミサキはあんなバケモノになっちゃったの?」


 重い空気を振り払うように、アリサがキョウコに質問した。確かに今の話だけではミサキがあのグロテスクな怪物に変貌してしまった理由がよく分からない。リョウタは「選ばれなかったから悪魔に取り込まれた」と言っていたが、そんな理不尽な話があるのだろうか。理不尽のバーゲンセールだ。


「全ては憶測だけど、たぶん彼女はハヤト君の心を魔法で操ろうとしたんじゃないかしら。自分に惚れさせようとしたの。でもそれは非常に高度な魔法になるから、地獄の大悪魔クラスの、その更に一部の者しか扱うことはできない。少なくとも魔法を覚えたばかりの人間が何の儀式もせずに実行できるような術ではないのよ」


「魔法に失敗してあんな姿になっちゃったってこと?」


「そうとも言えないわ。どちらかというと、あれは彼女の望んだ姿だった。地獄の住民はね、魔法の力で姿を変えることができるの。彼女は自分の人生に絶望していて、無意識のうちに〝醜い自分〟をこの世から消し去りたいと考えていたのかも」


 何とも恐ろしい話だ。やはり天使が〝まーちゃん〟を取り締まることは大切なことなのだとハヤトは思う。とてもこの場で口には出せないが。


 何はともあれ、外の騒ぎも落ち着いてきたようなので今日は各自家に帰ることになった。アマテラスとリョウタの会話から、もう日中の〝選民ペキュリアーピープル〟による襲撃は警戒しなくても大丈夫だろうと判断し、ユカ自身も強化の魔法があるからいざとなったら逃げることぐらいはできると主張したので特に護衛をつけることもしなかった。今はむしろ彼女の精神状態の方が心配だが、それについてはハヤトにできることはないので、後ろ髪を引かれる思いをしながら自分の家に帰るのだった。


◇◆◇


 アリサは帰宅するとすぐに自分の部屋へ戻った。鞄を置き、大きなため息を一つ。ハヤトは自分の知らない話を自分じゃない女子としている。リョウタやアマテラスの話を聞いている間、魔法の使えない自分はどうやっても部外者なのだと思い知らされていた。ネフィリムの仲間になっても、結局自分は彼の近くにいられないでいるのだ。


「……私もミサキと同じなんだよ、ハヤト」


 自分が女性に囲まれていることに無自覚な幼馴染の顔を思い浮かべ、アリサは机に突っ伏した。

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