希死念慮

 リョウタに触手を斬り飛ばされたミサキは、後退りながら威嚇する。ハヤトやユカとは違う、明らかに自分を傷つける意思のある魔法使いが現れたのだ。触手を伸ばしたり縮めたりして相手の出方をうかがいながら、知らずじわじわと壁際に追い詰められていた。


『何なのよアンタ! 邪魔しないでよね』


 ミサキの抗議にも薄笑みを浮かべながら、リョウタは重さのない大剣を一振り、二振りして伸ばされた触手を素早く斬っていく。いたぶるというよりも、力の差を見せつけるように。


「リョウタくん、ダメ! ミサキ先輩が死んじゃう」


「あ、そうだ! その中にいる子は僕のクラスメイトのんだ。傷つけたら、彼女が死んでしまうかもしれないんだ」


 ユカとハヤトがリョウタに制止の言葉を投げかけるが、リョウタはそれも鼻で笑った。


「これが生きているように見えるか?」


 リョウタの短い言葉に、ハヤトもユカも何も言い返せない。自分達だってこの状態のミサキが無事だとは思えなかった。


「……俺達は〝選ばれしもの〟だって聞いただろ? 選ばれるっていうのは、魔法を使えるようになることではないんだよ。急に魔法を使えるようになると、多くの人間がこうやって悪魔に取り込まれてしまう。そうならずに自分を保っていられるのが〝選民ペキュリアーピープル〟だ。そのミサキって奴は、もう悪魔に食われて死んでいるのさ」


 リョウタが言うにはつまり、これはミサキの身体を乗っ取って現世に現れた地獄の悪魔だということだ。


 言われるまでもなく、そんな気はしていた。ハヤトは怪物の要領を得ない言動に、生きた人間の意思を感じなかったのだ。まるで意味もわからずに誰かの言動を真似する別世界の生き物のようだと思っていた。


「お前等のように綺麗な世界しか見ずに生きてきた人間には分からないだろうが、世の中には理性や優しさなんかで救うことのできない人間が掃いて捨てるほどいるんだよ」


 リョウタの言葉はハヤトとユカに向けられている。目の前で目を剥いているミサキのことなど、相手にもしていないという態度だ。


「相手を傷つけたくないとか、話せばわかるとか。そんなお花畑な考えで盾だの強化だのとやっているんだろ。それが何より素晴らしい生き方だと疑いもなく信じて。だって、天から素晴らしい贈り物をもらって生まれたお前等にとって、人生は間違いなく素晴らしいものなんだから」


 そう言うとリョウタはミサキとの距離をつめ、触手を一気に斬り刻んでいく。あっという間に小さくなったミサキは、壁に背をつけへたり込んだ。もはや抵抗する意思も見えない。リョウタはこんなに強かったのかと、先日襲われたハヤトが心の内で驚愕する。


「だがこいつは違う。何も持たずに生まれてきた人間にとって、生きることは苦しみだ。俺にはそのミサキって奴の声がはっきり聞こえるぜ、『美人に生まれたかった。もう生きるのは嫌だ。死んで生まれ変わりたい』ってな」


「……でも、魔法の上級者なら救うことは出来るんじゃないのか?」


 ハヤトがかろうじて口にしたのは、淡い願望の言葉だった。それを聞いたリョウタは顔を歪めて笑う。


「それがお花畑だってんだよお! いいか、こういう何も持たない人間が抱く希死念慮ってのは、『死にたい』んじゃなく『生きていたくない』んだよ。生きるのは苦しみなんだ。お前等のようなキラキラした人間を見るのが、たまらなく苦痛なんだ! 確かに魔法の力なら悪魔を取り除いてミサキって奴を元気な身体に戻せるかもしれない。でもな、こいつはこうなった時点で、もう心が死んでるんだよ! 下手な同情でさらなる苦しみを与えるより、この苦しみから解放してやった方がいいんだ」


「……リョウタくんは、ずっとそんな気持ちだったの?」


「……」


 ユカの言葉には答えず、リョウタはミサキに向かって剣を振り上げた。


 次の瞬間、空から眩しい光がミサキに降り注ぎ、ハヤト達はたまらず目を瞑る。瞼越しに感じる強烈な光が収まるのを待ち、また目を開けると、そこには真っ黒に炭化した〝ミサキだったもの〟の塊があった。


 リョウタがやったのではない。彼にそんな力はない。では、誰がやったのかと空を見上げる。


「困るわねぇ、私の下でそんな黄泉の力を振りかざすなんて」


 空から聞こえてきたのは、のんびりとした大人の女性の声だ。だが、不思議な威圧感がある。


「あなたたち、保護者はいないの? 太陽の下で黄泉の力を使えば、恐ろしいことになるって教えてもらってない?」


 遥か空の上から降りてきたのは、薄布に身を包んだ妖艶な女性である。ただ、明らかに人間とは違う部分がある。大きな獣の耳と、腰の下から生える太い尻尾だ。大型の犬を思わせる耳と尻尾は、話している間も忙しなく動いている。


「アマテラスか。一応これは『人命救助』ってやつだぜ」


 リョウタがよく知っているという風に返事をするが、彼が口にした名前にハヤトは驚きを隠せない。思わず声を上げそうになるが、アマテラスが言葉を続けたのでかろうじて口を閉じたままでいられた。


「見ていたから知ってるわよお。いいタイミングで助けに入って、正義の味方って感じ」


「そんなんじゃねえよ!」


 アマテラスと普通に会話しているリョウタの様子に、ハヤトとユカは困惑しきりだ。これもゴモリーの教育によるものなのだろうとはわかるが、あまりにも自分達とは違う世界で生きているように見えた。


 それにしても、このアマテラスがカトリーヌの言っていた面倒な相手なのだろうか。たった今見せた力はあまりにも凄まじく、ミサキが消し炭にされてしまったことを悲しんだり怒ったりする気にもなれない。ただただ恐ろしく、名前の通り日本の最高神なのだろうと納得せずにはいられなかった。


「今回は見逃すけど、太陽の下で戦ってたらめっよ、めっ!」


 最後にそう言い残すと、また空に昇っていくアマテラスだった。威厳があるのかないのかよくわからないが、恐ろしい力を持っていることは間違いない。


 ともあれ、ハヤト達は次々と現れた救援によってなんとか命を繋いだのだった。

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