ジリ貧
ハヤト達は学園内の
「ハヤト先輩、お怪我はありませんか?」
ハヤトの意識がはっきりしたのを動きから把握したのだろう、ユカが小さな声で話しかけてきた。現在二人は
「うん、大丈夫。ごめん、虚を突かれて盾を出せなかった」
「いえ、私もせっかく魔法を覚えたのに全然うまく使えなくて」
とりあえずお互いの無事を確認したが、この得体の知れない怪物を前にして有効な攻撃手段を持ち合わせていない二人には状況を打開するのが難しいと感じていた。今は文章として成立していないよく分からない言葉をブツブツと言っているだけだが、また気を取り直してこちらに攻撃してくるかもしれない。
「こいつは一体なんだろう……あの中に見える女の子の顔はクラスメイトのミサキなんだ。寄生する化け物か何かかもしれない」
「そうなると、仮に攻撃魔法が使えたとしてもうかつには攻撃できませんね。ミサキ先輩はもしかしたらまだ助けられるかもしれませんし」
それもあって、ハヤトはどう対応すべきか考えあぐねていた。ユカの魔法で強化すれば逃げることぐらいはできるかもしれないが、それで野放しになった怪物が人々を襲って被害が拡大する可能性が高い。だがハヤトとユカの二人でこの怪物を取り押さえるのは不可能に近いだろう。何か攻撃手段があったとしても、殺してしまうわけにもいかない。最良の展開としてはこのまま夜まで時間を稼ぎ、ミドリが助けにくることだ。彼女ならミサキを元に戻す魔法も知っているに違いない。白魔法の方が多いと語っていたのだから。
そこまで考えて、ふと気になった。
「そういえば、今は朝だけどこんな怪物が現れて暴れているのにカトリーヌが言っていた面倒な相手は来ないのかな?」
太陽の下で魔法を使えばすぐにやってくるわけではないことは分かっているが、ここまで大騒ぎをしているのだから現れてもいいはずだ。もちろんその相手がこの状況をなんとかしてくれると期待するのは間違っている。より悪化する可能性だって十分にあるのだ。それでも、あれだけ言われていた『日中に戦闘行為が起きない』理由が、未だに現れないのは純粋に不思議だった。
「確かに来ませんね。カトリーヌさんがいたら何とかしてくれそうなんですけど、一体どんな相手なんでしょう」
ユカも首を傾げる。カトリーヌはあのミウよりも更に偉い悪魔だという。外見的にもただの山羊なので、連れて歩いても奇異の目は向けられるかもしれないがさほど問題にはならないだろう。ミウならなお穏便に済むところだ。ミドリはむしろあの服装が目立ちすぎて駄目かもしれない。
『そうだ、ハヤト! ハヤトが私のものになったんだから、デートしましょ!』
怪物がハヤトに向き直った。どうやら夜まで待つことはできないようだ。ハヤトはすぐに立ち上がると、手を身体の前に持ってくる。
「守れ!」
もはや時刻を気にしている場合ではない。ハヤトは光の盾を出すと、ユカを守るように怪物の前に立つ。その後ろでユカも腕を伸ばして例のポーズを取った。さっきと微妙にポーズが違うが、それに気付く者はいない。
「パワーアップ!」
彼女の魔法はしっかりと発動した。ついでにハヤトも身体の底から力がわき上がるのを感じる。カトリーヌが教えた魔法はずいぶんと使い勝手がいいようだ。
『何よそれ、なんでその女と仲良さそうにしてるの? ハヤトの心は私のものになったはずでしょ!』
「いや、知らないよそんなこと」
怪物が何度も繰り返している言葉を、ハヤトがついに否定した。そもそも『私』とは誰のことなのか。ミサキなのか、ミサキを取り込んでいる謎の怪物なのか。ハヤトにはこれがミサキとはとても思えなかった。
『何をわけのわからないことを言ってるの! もういい、ちょっとおしおきしてあげる!』
どう考えてもわけのわからないことを言っているのは怪物の方だが、怒りを露わにして触手を伸ばしてきた。凄まじいスピードだが、ユカの魔法で強化されたハヤトの目にはその動きが見える。どんなに速くても、軌道が分かれば盾で防ぐのはわけもない。
怪物が伸ばした触手を盾で受けると、大きな衝撃と共に轟音が響く。それでもハヤトの身体はその場から動かない。強化されていなかったら盾ごと弾き飛ばされていただろう。とはいえ、盾越しにこの衝撃では直接受けたら無事では済まないだろうと感じていた。臓物を思わせるグロテスクな触手が盾にぶつかって黒ずんだ液体をまき散らすと、それを見たユカが
「うっ……」
手で口を押さえ、顔をしかめるユカに気を取られる。そこに今度は二本の触手が襲ってきた。連続で弾き返すが、一撃が重い。ちょうどリョウタの剣を受けた時のような衝撃が、連続で襲ってくる。このままではジリ貧だが、この威力の攻撃を繰り出してくる怪物を、肉体が強化されているとはいえ素手で取り押さえるのは無理だろう。近づくこともままならないのだ。
『何よ、ハヤトに守られてお姫様気取りってやつ?』
ユカをかばうハヤトの行動が怪物の機嫌を損ねているようだ。だからといって見捨てるわけにはいかないのだが。今度はさらに増やしてくるだろうか、と身体に力を入れて引き締める。
『ハヤトはちょっとどいてて、そいつ殺すから』
しかし、怪物の次の攻撃はハヤトの想像を遥かに超えるものだった。全身を覆う無数の触手全てを同時に伸ばし、一本にまとめてハヤトを横薙ぎに打ち付ける。盾で受けたが、身体ごと軽々と弾き飛ばされてしまった。
「うぐっ……」
地面に背中を打ち付け、肺の中の空気が一気に吐き出される。意識が飛びそうになるが、気合で大きく息を吸って耐えた。それでもすぐには起き上がれない。手足に力が入らず、思うように身体が動かなかった。
『さて、どうしてやろうか』
一本の触手がユカの身体を打ち据え、動きが止まったところに別の触手が巻き付いて捕まえてしまった。校門前広場でやられたのと同じ状況だ。ユカは逃れようともがくが、触手の力は強くまるでビクともしない。必死に暴れているところに、また別の触手が伸び首を絞めた。
『ククク……苦しみながら死になさい。私を苦しめた罰よ』
ミサキの感じた苦しみというのは、ただの嫉妬である。当然ユカには全く覚えがない。あまりの理不尽さに涙が零れた。何とか立ち上がったハヤトはどうにかユカを救おうと駆け寄るが、更なる触手が襲ってきた。
「くそっ!」
攻撃を盾で受け続け、近づけない。そうこうしているうちにユカの顔が紅潮していく。じわじわと首を絞められて、血流が停滞しているのだ。このままでは長く持たないだろう。一体どうすれば、と思いながらがむしゃらに駆け寄ろうとするハヤト。そこにまた触手が襲い掛かり――青い光が閃いた。
『ギャアアアア!!』
伸ばされていた何本もの触手が斬り落とされ、地面でのたうち回る。縛めを解かれたユカは咳をしながら、その名を呼んだ。
「ゴホッゴホッ……リョウタ、くん」
「何やってんだお前等、こんな出来損ない相手に」
ハヤト達の視線の先には、大きな光の剣を手にしたリョウタの背中があった。
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